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fumi_saeki’s blog

物語の試作品をあげています。

糸巻文雄からの手紙

 拝啓

 初夏の候,皆様におかれましてはいっそうご活躍のこととお慶び申し上げます。

 先日は大変お世話になりました。お忙しい中,こちらの勝手を聞いていただき,本当にありがとうございました。あなた様をはじめ,研究室の皆様方からお話を窺う機会を頂かなければ,今もって私どもの勝手な理解のなかに,あの子を閉じ込めていたことになっていたと思っております。あらためて家内共々,深くお礼を申し上げる次第です。

 ただ,誠に遺憾ながら,窺ったお話し,とくにあなた様から詳しくお話ししていただいた内容につきましては,私も家内も,口にしては驚きを新たにするばかりで,受け入れるどころか,その不可解さにのみ拘泥している有様です。あなた様から伝えられた,あの子の「故郷喪失」の苦悩。それが一体どこに起因しているものか,未だに家族の誰も分かりようがないのです。ですが,後ほど書かせていただきますように,その緒(いとぐち)はまったく無いわけではないと思っております。

 もしあの子がどこかで生きていてくれるなら。いえ,生きていることは信じて疑っておりませんが,いつの日か,生きて戻ってきて,私どもに「故郷喪失」の本当の理由を解き明かしてくれることのみを祈って日々を送っております。いえ,どこかで生きていさえしてくれればと祈っております。

 すでに書いている手が千々に乱れているのを,あなた様はご理解なされることと存じます。実に,このひと月というもの,どこから書き始めれば良いものか、書いては破り書いては破りを繰り返しました。このようにお礼が随分と遅くなってしまったこと,どうか研究室の方々にもご容赦願えれば幸いです。

 さて,前置きはこの辺りにとどめ,今回そのように書きあぐねていた手紙をしたためたのには,大きな理由があります。一つは,あなた様に対する謝罪です。

 あの子の私生活において,とても大事なことをお話ししてもらいながら,きちんとお礼もせずに,逃げるようにあなた様の前を辞しました。正直に申し上げますと,あの時,私は「私の知らない」あの子について,私に諭されるようにお話しになるあなた様に,腹立ちを覚えたのです。申し訳ありません。その時は,なぜそのような感情を抱いたのかまったく分からなかったのですが,今は分かります。それは,あなた様に嫉妬したのです。どうかお許しください。

 あの子からお聞きのことと存じますが,入学した一年目は,それこそ折に触れて,この田舎に帰省してくれました。実家が嫌で,離れた大学を選んだものとばかり思っていたものですから,家内共々とても喜んだことを覚えています。それに,それまでとはまるで人が変わったように,帰省するたびに,私の農作業と家内の仕事を手伝ってくれたのです。その変化に,私どもは,あの子がようやく親心を分かってくれたのだとも思いました。

 どのくらいまであの子が,あなた様に自分のことについてお話ししたか存じませんが,中学から高校まで,それは長い反抗期(私どもにとりましては)を経たものです。子を持つ親なら,ことさらここに言うまでもなく共有される経験だと思うのですが,あの子の反抗期も,その反抗する対象は不明確で,そのために,何かにつけてはイライラを募らせているもののように見えました。

 私どもも,あの子のイライラの矛先が不明確なので,対処のしようもなく,また,親とて仕事と生活に追われている一個の人間ですから,イライラにイライラで返す結果になりました。その良し悪しはここでは記しません。子は親に理想を見出すごとく,親も子に「こうであった欲しい」という願いを押しつけがちなものです。日常的にそう思わなくとも,ふと気づくとそのように行動してしまっているのは,子も親も同じだと思います。

 おそらく,あなた様も,多かれ少なかれそうした経験はお持ちのことと存じます。どちらか一方が悪いのではなく,もちろんどちらか一方が良いというのでもありません。互いにその時その時を一生懸命に生きた結果,衝突もやむを得ないと思うのです。そして,そうした衝突を補うように,「血は水よりも濃い」という言葉通り,親子の絆というものは,一時のいさかいで損なわれてしまうものではないと信じていました。

 そうした絆の再発見,ある種の「雪解け」が,あの子の大学時代に訪れたと私どもは思ったのです。事実,どちらかと言えば口下手な私と積極的にコミュニケーションを取りたいかのように,あの子は自ら農作業についてきては,育てている野菜について,田畑について,幼い頃の記憶について,私に話を促してくれました。今から振り返れば,ほんの一時だったかもしれませんが,あの子が自分の息子であって,本当に良かったとも,自分の誇りだとも思いました。

 息子は母に,娘は父にとは,私が大学に通っていた頃に流行ったフロイド(今では「フロイト」と表すのですね)の説ですが,あの子もその例にもれず,小さい頃から家内とはコミュニケーションを取っていました。反抗期の真っ只中でさえ,真摯にあの子に向かい続けたのは家内でした。後ほど書きますが,私はその頃,今でいう「地域おこし」,地域の活性化の先駆けとなる活動で忙しく,夜遅く帰宅することが多かったのです。私の替わりを務めた家内は,決して風当たりが弱くはなかった家族にあって,懸命にあの子に向かい合ってくれ続けました。

 そのような家内ですから,ゴールデンウイークに,盆に,正月に,また,少しでも連休があれば帰省して,料理を自分から習おうとするあの子の姿には,私以上に喜んだと思います。一方で,夏などに農作業で疲れているあの子を思いやって,私が一人出かけようとするのを,何で気づいたのか追いかけてくるあの子に,「私が作業に出るから無理をさせることになる」と怒ることもままありました。自分の腹を痛めた絆は,男親には分からない不可思議な結びつきだと思ったものです。

 私と家内は,そのように,自ら率先して手伝いをし,話をしてくれるあの子を見ながら,私ども親の気持ちを分かってくれたのだと嬉しく思っていました。ところが,研究室にお邪魔し,お話をうかがったあの日,私はあの子の下宿先で「物語」と言いますか,「寓話」のようなものの原稿を見つけてしまったのです。内容はここには書きません。いえ,あまりに私的なことですので,書けないのです。主人公やその家族こそ偽名になっていますが,明らかにあの子から見た幼年時代がそこには綴られていたのです。

 先に結論だけ申し上げれば,私は衝撃を受けました。家に持ち帰り,家内にも見せましたが,家内も同じでした。思えば,あの子が自分の幼い頃を話すことはありませんでした。いえ,あの子が口にする幼い頃は,田んぼで遊んだこと,どじょうを取ったこと,魚釣りに行ったこと,などのたわいもないことばかりでした。まさか,幼い頃に二度もイジメに遭っていたなど,恥ずかしながら察することすらできませんでした。

 あの子は思い出を祖母と祖父の話から始めています。私にとっては,母と父にあたります。あの子の記憶にある父母は,仕事で忙しくしていた私の知らなかった面でした。先ほども申し上げたように,私も例にもれず,それなりに反抗期を経ましたから,生前の父母に正直になれなかったところはあります。彼らからすれば,あの子は初孫でもあったので,目に見えて可愛がったことはあなた様でも想像できると思います。ですが,あの子はその祖父母から「フシンカン(不信感)」を最初に植えつけられたと書いています。

 私はその箇所について家内と話し合ったのですが,家内が「よそ者」(すみません,これは家内が用いた表現です)として「より客観的に」申すには,祖父祖母ともに,両極端な反応をあの子に見せていたそうです。これも,もしかすると,三世代の家族にはありがちなことかもしれません。つまり,孫だけの前では目に入れても痛くないほどに可愛がり,一方で,嫁を前にすると一変して舅と姑の人格をあらわにする。

 人間らしいと言えば,いかにも人間らしいです。自分と血を分けたから味方をするわけではありませんが,祖父母の反応もやはり一生懸命に生きた結果だったと思います。ただ,この件については,家内は責任を感じているようでした。

 「私が何か言われるたびに,一人で飛び出さなければ良かったかもしれません。せめて,置き去りにせず,あの子や妹たちを連れて出て行けば。剥き出しの大人の醜さにあの子に晒すことはなかったでしょう。家でお義父さんお義母さんと何かあるたびに,私が出て行くので,あの子は友達から「離婚してどっか行くと言ってたけど,それはいつなんだ」と何度も尋ねられたと,言っていました。」

 家内が申すには,家で家内と祖父母が揉めるたびに,今度は家から出ないといけない,自分は父母どちらかを選ばなければいけないという窮地に,あの子は立たせられていたかもしれないのだそうです。それを幼心に,友達に伝えた。ですが,別れることはなかったので,嘘つき扱いされたと。もしあの原稿がなければ,昔のことと笑い飛ばしたところでしょうが,あの子が消えた今,そうした「些細なこと」すら,積もり積もってあの子に失踪を選ばせる結果につながったと思えてならないのです。

 恥ずかしいことですが,私はその間にも「地域おこし」の仕事にかまけていて,そのうえ仕事上の疲れやイライラを呑むことで晴らしていました。逃げ場のない,選択肢しか与えられないあの子,しかも不信感を植えつける大人たちから与えられた選択肢を受け入れるしかないあの子からすれば,私は随分と良い身の上だったでしょう。大人たちがこぞって好き勝手振舞っているなかで,あの子は一番身近な家族が信じられず,友達たちも信じられなかったのですから。

 あの草稿は中学の途中で終わっていますが,PTA会長をしていた私の耳に,あの子が部活をなまけて魚釣りに行っていたという噂が入ってきました。私は諭す意味も込めて,自覚が足りないとしかりました。怠心と悪戯心で部活から逃げたのだと思ったのです。ずっと後になって,その一件をきっかけに,あの子が「村八分」にあっていた時期があったと知りました。ですが,そんなことは一言も話しはしませんでした。私は,あの子が書いているように,自分が少しできたからという理由で,それをあの子にも強いていたのです。

 おそらくこの私が,あの子に話しをする機会を,受け入れる機会を与えなかったのでしょう。原稿でも書かれているように,たまにあの子が良い成績を取ったりして,それを見せに来ると,私はなぜか意地悪をするように,どうでも良いことをふっかけたりして煙に巻きました。自分の母,つまりあの子の祖母が,勉強に関してはひときわ厳しかったので,それを踏襲するつもりだったのかもしれません。ですが,今思えば,あの子はそれによって「自分が認められる場」を失ったのかもしれません。

 あなた様がどのくらい沢木さんのことをご存知かは知りません。私の知る限り,あの子が一番長く交際した女性だと思います。先日,あの子のことを聞いて,私どもを訪ねてくれました。しぜん,あの子の思い出話になったのですが,沢木さんが言うには,あの子は高校生だったのに結婚を前提に,いえ,ずっと一緒にいることを前提に付き合いたいと常々言っていたそうです。沢木さんは当時,それほど真剣には取り合っていなかったそうですが,思い返すと「とても必死そうだった」と話してくれました。

 「コトくんは,ずっと本気でした。何かの記念日のたびに,「ずっと一緒にいてほしい」と本気で頼むように口ずさんでいました。あまりしつこいので,あるとき,「わたしはコトくんの親じゃないからね」と冗談で言いました。それを聞いたコトくんの落ち込みようが激しかったので,冗談だからとこちらが謝るくらいでした。コトくんは,どうしてわたしなんかに,あんなに依存していたのか,分かりません。」

 沢木さんは原稿を読んでいないので分からないのは当然ですが,この言葉は私どもに鋭いトゲのように刺さりました。あの子は,自分の家族には求め得なかった場所を,沢木さんに求めようとしたのです。そう思います。そして,大学に入ってからは,陳さんという方に求めようとしたのではないですか。もしかすると,あなた様にも。推測と言われれば,反論のしようもありませんが,そうだと思うのです。そして,陳さんから震災をきっかけになぜか遠ざかった。また,帰る可能性のある場所を失ったのです。

 もしこの推論が正しければ,あの子が「故郷喪失」などと言う大仰なことを言いだすのも分かる気がします。あの子にとって「故郷」とは,純粋に空間的な概念でも,純粋に心理的な概念でもないのです。いえ,「home」と言い換えれば済むかもしれません。普通に言うところの「帰る場所」なのでしょう。そのように考えると,原稿を読んでしまった今,私どものところはすでに単純な「帰る場所」ではなくなっています。悲しいですが,そう考えざるを得ません。

 ただ,もしかするとあなた様のところへは,あの子は帰るかもしれません。あなた方のお話,あの子の残した草稿,そして,あの子の失踪という現実。これらを踏まえて,家内と出した結論は,いえ,家内とあの子の妹たちと願うのは,あなた様にあの子の「帰る場所」になっていただきたい,ということです。失礼不躾この上ない身勝手な願いであると分かっております。ですが,もしあなた様が,先日に話されたように,本当にあの子のことを思ってくださるなら,全身全霊を込めてお願い申し上げます。

 末筆になりますが,あなた様のご健勝とご活躍を祈念いたしております。

                                   敬具

 

 ——年 五月 十五日

 大伴様

                                糸巻 文雄

失う(原稿版)

 

 一

 

 まっすぐに歩いていたはずだ。それなのに戻れない。——

 「いざとなればと考えて,アメリカのグリーンカードを取得しようとする人が多いのです。」『プライベート・ライアン』の上映前,彼女はあからさまな非難を込めて言った。

 当時は台湾海峡の軍事的緊張が高まっていた。「いざ」という事態を想定して,故郷を捨てて渡米できるように準備をしている者がいる。彼女にはそれが我慢ならなかった。

 そんな彼女の関心を買いたくて,ぼくは「いざとなれば戦うよ」と砂の上のお城のような言葉を,お城の砂のように放った。

 彼女は,観てから同じこと言ってくれる,とため息を一つついた。この映画を観るのは,初めてでないのだと遅まきに気づいた。何度目かの映画にぼくを誘い,その映画に故国の一部の動向への批判を重ねてぼくに伝える。いや,それは,ぼくではなくても良かったのかもしれない。

 ただ,分からないのは,仮定法で,ノルマンディー擁するドイツ占領下のフランスを台湾に置き換えてみても,歴史的事実が仮定法を成立させない。たぶん,一人の一等兵のために命を賭するミラー大尉に,国際上,孤立した故郷にかける自分の想いを重ねたというところだろう。

 冒頭のノルマンディー上陸作戦。効果音だけが流れるその場面を,ぼくはのちにロバート・キャパのモノクロ写真になんども重ねることになった。ぼくの城は満ち潮をまたずに,シークエンスの波にさらわれた。映画が終わり,ぼくは何もいわずに彼女に深く謝罪した。

 台北で集集大震災に遭ったのは,それから数年後だった。地質学者だった彼女の伯父の推察どおり,固い地盤のうえに建てられたマンションは倒壊を免れた。倒壊は免れたが,電気が止まり,ポンプが動かなくなり,水の供給が停止した。大きな揺れから生き残った感慨よりも,都市部と田舎のライフラインの違いを痛感した。

 当分の間,家庭内のメディアとインフラは少しネジを巻き戻した。薄型の大きなテレビが沈黙し,ラジオが雄弁になった。白熱灯は長すぎた労働から解放されて,ろうそくが割に合わない仕事を任された。どうやら人の心も別のネジを巻かれたようだった。家族で培われていた多民族共生が,にわか排他主義に後退した。

 「いざとなれば,あなたは日本に帰れるものね。」映画前と同じ「いざとなれば」が使われている固い牢屋のような言葉を,ぼくは圧しかかる心労のせいだと解釈したかった。

 同じ地で同じ体験をする。それが苦難でも災害でも,それだけでは,人は共有しきれない何かを残す。ぼくの学んだ教訓のひとつだ。

 そして,彼らの口をついて出た「日本」の響きに,ぼくは,自分の知っている日本とは違う「日本」を聞いた。おそらく彼らの「日本」は一次方程式の未知数「X」になり得る。帰れる場所持つ者が帰る場所という「X」。だが,ぼくの日本は本当に帰る場所なのだろうか。帰る場所が帰る場所であるのか分からなくなる。これは教訓ではない。喪失だ。

 こうしてぼくは故郷を失った。いや,翻訳調で言うなら,故郷が失われているのを見出した。これが大げさではない証拠を一つ挙げるよう求められたら,ぼくは,このときを境にして大文字の「国家」をはじめとして,帰属先について一切の感情を失ってしまった事実を挙げる。日本,ふるさと,大学,友人,知人。すべてが形を失っていった。もしかしたら,端から形がなかったかのように。

 ある場所の規則に従い,そこに居ることと,そこを自らの帰属したい場所,帰属すべき場所と考えるのは違う。

 ところで,ぼくのように故郷を失った人間は,この失ってしまった対象について,おそらく二つの思考パターンを取る。一つが,なぜその場所にしがみつくのか分からない,というもの。もう一つが,しがみつく場所があって羨ましい,というものだ。

 ぼくは前者だ。いや,しがみつこうにも,しがみつく形を持たない。形を失ったものにノスタルジーや憧憬は抱こうとしても抱けない。ドーナツとドーナツの穴の関係。

 なぜ故郷にしがみつくのか分からない。その分からなさが,自然の刺青のように拭い難く自分に刻まれているのを知った頃には,彼女のかつての非難は違った響きを持ち始めた。

 ——いざとなればと考えて,アメリカのグリーンカードを取得しようとする人が多いのです。——

 でも,彼女の非難は正確ではない。チェルノブイリ近郊に戻る住民と,チェルノブイリを離れて,チェルノブイリを想う住民は,両面を持つコインそのものだ。この分類には当てはまらない。どちらも,戻る者も離れている者も,あの未曾有の災害があった場所にしがみついているからだ。

 カメラがチェルノブイリ近くの森を映す。

 「ここでしか生きていけないんだよ。もう二人とも歳だよ,このままここに埋まるさ。」朽ちかけた木の塀にすがりながら,老夫婦は歌うように言う。

 ウクライナキエフ近郊の住宅の一室が映る。

 「チェルノブイリはまるで夢のような街でした。あそこでは何でも揃いました。」オレンジ色の壁紙を背景に,大きなサングラスを画面に向けた夫人の声が訳される。

 ぼくは自分の原型を物語に探してみたりする。高校生で読んだ『アメリカ』のロスマン,『果てしなき逃走』のトゥンダ,二人の故郷喪失者。自称「ドイツ人」の少年も,旧オーストリアハンガリー兵も,転々とすればするほど帰属が形を失う。似ていなくもない。

 似ていなくもないのは,二人とも喪失を自分で選択したのではないからだ。チェルノブイリの住民もそうだ。ぼくは違う。潜んでいた喪失を自ら見出した点において。

 ——「なんで,あそこを調査地にしたの。先月の土石流を知っているのに。あそこじゃなくても,実家があるのも農村なのでしょ。」研究室の友人が発した質問の意図は分かる。でも,ぼくの調査の目的は農村そのものではない。

 もし,ぼくがロシア語かウクライナ語ができたとして,申野先生が許してくれるなら,チェルノブイリを調査したいぐらいなのだから。あの老夫婦にききたい。いや,二人の心の中の奥を覗き込みたい。そこで故郷はどんな形を取っているのだろう。

 日本屈指の災害指定地,奥早村を選んだのは,チェルノブイリの代替だから。こんな「替わり」という選び方が,その地の人々に失礼極まりないのは承知だ。しかし,ぼくは,ぼくには,自分という不可解な喪失者をぶつける石が必要なのだ。

 フィールドワークの事前調査,つまり,文献渉猟の段階で,報道を通じて知っていた近年の被災など微々たると思えるほど,この地は過酷な地層を積み重ねてきたことが分かった。古くは江戸時代までの飢饉,新しくは先日の土石流,地震も頻繁に起きていた。年代順に網羅したら,それだけで長めのレポートに仕上がるくらいだった。

 それに比して奥早を対象とした論文は少ない。ほとんどが,奥早を含む也土(なりと)地方の研究で触れる程度だった。一章の一部を当てていれば記述の分量として多い方だ。

 それらの記述は,壊滅を被った共同体がなんども立ち上がった歴史を,無感動な筆使いで記していた。そして,どうしてなんども立ち上がったかについては,無関心を決め込んでいた。

 「これ程までに天災を経験した土地は,地震大国の我が国といえども,なかなか見当たるものではない。だが,真に驚くべきは,天災の度毎に「生き抜いた」住民が一丸となり,村落共同体を立て直した事実である。1792年の震災では……。」

 ぼくは考えてみたりする。この土地には住民が残りたいと思ったのか,この土地が住民を縛っていたのか。土地に縛られたいと住民が思ったのか。土地が住民に縛られていたのか。それともそれらすべてなのか。

 ともあれ,フィールドワークには「参与観察」が欠かせない。調査地に入り込んで,調査地に住む人々の目から調査地を記録するこの手法は,文化人類学の基礎だ。だが,部外者がいきなり乗り込んで,調査地の人々と馴染むのはほぼ不可能だ。調査者と住民をつなぐ「つて」が必要になる。

 この「つて」は大抵が村の権力者だったり,地主だったりする。戦前がその「つて」を見出すのも調査の一つとしたのに対し,現代では指導教官の電話一本で間に合ったりする。

 「村長?ああ,連絡してあげても良いよ。ただ,天災の記憶なんて論文のテーマとしてどうかな?歴史学だったらまだしも。文化人類学なんだから,奥早だったら,里山でやった方が良いんじゃない?」

 ゼミを担当する申野教授のイメージに従えば,そもそも地域の記憶を司る語り部は,「全国的に見ても博物館行き」になっている。ましてや奥早のような小規模の村落のこと,村史が編まれることもまず無いと考えていい。仮に存在しても,絶え間なく続く災害ですでに失われているかもしれない。よって結論,「目下流行の里山でアプローチせよ」。

 構造主義という学問的潮流が世界を席巻してから,学問分野の多くがそれまで守っていた時間軸の設定を変えた。現代の事象を説明するのに,過去を引き合いに出さなくなった。現代の事象はそれに並ぶ現代の事象で説明すること。ぼくという人間は,父や祖父,曽祖父からの家系から明らかにはしない。ぼくの今の人間関係から明らかにする。

 奥早村のあり方を作り上げたのは,たしかに過去だ。しかし,その過去はあくまで参考枠であって,焦点は今現在の奥早村なのだ。

 「良いですか,地域の歴史を文献で調べることは必要不可欠です。たしかに歴史は,生きられた過去であります。しかし,それは現在を説明する必要条件の一つであったとしても,十分条件ではないのです。もし歴史が十分条件だとしてしまうと,現在は必然になります。それは学問ではなく,宿命論です。」

 「フィールドワークと歴史」の授業で,タイの医療をテーマにしている教授が語った。彼の専門は「医療人類学」だった。心霊術の類が未だに「癒し」となっている状況を,先進医療との対比で考察する。理屈は分かる。だが,ぼくはどうしても心霊術が「癒し」になってきたのかを知りたい。同じく,奥早村が苦しい過去を抱えながら,どうして住民はその地にしがみつくのか,その理由を,過去を通して知りたい。

 喪失の理由を,ぼくも自らの過去に求めたことがある。寓話の形式で「ぼく」の組成を明らかにしようとしてみた。しかし,記憶をたどって明らかになったのは,悔しいことに,タイを専門にする教授の言った「必要条件」の一つだけだった。奥早の「非」喪失の記憶をたどることで,ぼくの喪失の十分条件への気づきが見つかるのではないか。

 「初回は,数日間で良い。文献にある地誌の正否を確かめる。ツテを利用して人と触れ合うこと,きちんと自らの立場を説明すること。そうそう,地誌にあっても,自らマッピングすること。インフォーマント(情報提供者)がタバコを吸えば,タバコを吸い,酒を飲めば,酒を飲むこと。まあ,これだけ守っておけば大丈夫だ。」

 研究室の先輩によるフィールドワーク実践のいろは。授業でも実習はするが,百戦錬磨の教員と,初心者に毛の生えた学部生の先輩では,アドバイスのリアリティが異なる。先輩,要するに,郷に入っては郷に従うですね。

 「まあ,後半部分はそういうことだ。地図はとくにマストアイテムだから忘れるなよ。聞き取り調査に集中しすぎて,帰ってきてから思い出すやつが多いんだよ。ネットじゃもちろん手に入らないから,中間発表で文献のをそのまま引用して,先生たちから突っ込まれてひどい目にあう。あと,レコーダーの文字起こしは想像以上に時間がかかるから,その分の時間を余分に確保しておくようにな。」

 バスの停留所「奥早村」は,その名称と裏腹に,村からずいぶん離れていた。一般に,村落は昔の街道に沿って形成され,その街道が近代化の過程で舗装される。とすれば,この目の前に続く道なりに,家屋が点々と連なるはずだ。しかし,道路は土手になっているようで,水平に人家は見当たらない。土手下にも畑が広がるばかりだ。

 どうやら地誌は当てにならないようだ。奥早などのような災害地は,災害のたびに道が新たにされ,最終的に「一番安全な道」が舗装されて残ったのだろう。村と離れたのは,都市部と違って,震災のダメージが不均等に吹き出したからだろう。携帯電話に写真を保存しておいた地誌の略図と,目の前の風景が全く異なる理由をぼくは想定してみる。

 これはまったく新たに地図を作成しないといけないようだ。しかし,アプリのマップも表示されないとは。骨が折れそうだ。

 ようやく土手下に民家が見え始めた辺りに,右になだらかな斜面に沿って折れる道が現れた。村の入り口の目印だろうか,今までたどってきた道路と斜面のちょうど境目に鳥居のようなものが建っていた。全体的に色が黒ずんでいて,きちんと判別できないが,細かい模様が全体に薄く彫られている。周りが微妙な丈の草で囲まれているので,放置されていると思えなくもない。

 ともかくは写真をと,携帯電話のフラッシュをたいていると,背負いの網かご「かれてご」を負ったおばあさんがこちらへ向かってくる。時計は昼下がりを示していた。昼食には遅すぎ,仕事終わりには早すぎる。かごには何も入っておらず,から手であるのを見ると,ちょっとした休憩か農具を取りに戻ったのか。白い頭巾で顔はよく見えない。通り過ぎるときに,折口村長の家を尋ねたてみた。

 折口村長は,顔全体に刻まれた深い皺と白髪と対照をなすように,声にかなり若々しさを残していた。「村長をしております,折口と言います。申野先生からご連絡を受けております。この奥早を例にして,里山の現況について調査されるとのことでしたね。わざわざ遠い所,お疲れでしょう。」

 どうやら申野先生は,二年間受けた専門の授業の印象以上に,自己主張が激しい方らしい。どうしても里山で調査をさせたいようだ。ええ,里山の「歴史的」経緯を調べたいと思っております。ぼくは「里山の現況」を言い換えて切り出した。最初に村長さんに奥早村についてお話をうかがいたいのですが,ご都合の方は……

 こちらの質問に返すように調査期間を尋ねた村長は,想像より長く想定していたのか,「お急ぎのようですね」と言い,今日はとくに用事もないので,これからでも質問に答えます,と協力する旨を笑顔で示した。「ただ,私も,村長になってそれほど年を経ていませんからできる範囲で,ですが」と付け加えるも忘れずに。

 携帯電話にメモをするのは,先の先輩の「調査十禁項目」に含まれていたので,あらかじめ質問リストをしたためておいた無地のメモ用紙を取りだした。「ご親切な」申野先生が「里山」という取り掛かりを与えてくれた以上,それに乗りかかる他ない。あとは,どのように話の筋を導き,奥早の被災の記憶と土地と人の結びつきへ誘うか。

 ええと,里山というと,村長さんもご存知のように,いま現在の生態系とそれに寄り添った「効率的な」農業形態等を対象とします。ですが,そうした一般論と異なり,奥早の場合は,先日の土石流のような「大変な」自然災害によって,その生態系と農業形態の二つの条件が,他の里山と比較できないほど頻繁に変わってきたと思うのですが。

 「ええ,おっしゃる通りです。奥早では,たとえば,十年前と現在とでは,川の流れが変わり,山の形が変わったと言われます。地震による地割れと,先日のような土石流や土砂災害によって,棚田の数は減り,十年前であれば主要産品であった米の収穫量が見込めなくなりました。いまは別の作物で代用しています。むき出しになった山肌を利用して,馬鈴薯や近年評判のキヌアを栽培したりもしました。」

 ここに来るまで少し見させていただきましたが,あそこの斜面は元から竹林ではなかったのですね。村落と川をはさんで奥に見えた山は,以前の災害によるのだろう,頂上から向こう奥にかけては竹林を残しつつ,村の側はすっかり山肌を出していた。そここに畝らしき凹凸が見えたのは,馬鈴薯やキヌアを植えるためのものだろう。

 「そうですね。竹が生えていると,たしかに根によって土が固くなります。村向こうはそれで土砂崩れが起こっていません。ですが,その一方で,竹は稲と同じく酸性の土壌を作るので,中和が大変なのです。筍や孟宗竹を栽培しようにも,竹林の管理に手間がかかります。災害を逆手にとるようですが,地味の失った土地をあえて活用しています。」

 奥早を含めた也土地方の農作物をあつかった論文に,村から見える山肌の向こう側が,ずっと竹林だったことを笹のマークで示していた。他方で,村側の斜面には,このような山間部に珍しく,榛の木や沼杉が植生していた時代があったことも示していた。これでは雨量が重なれば,いずれ土砂災害は不可避に訪れる。質問リストにある「何か対策を講じなかったのか」は,このタイミングだと責めるような印象を与えると思って控えた。

 そのように自然災害が発生するごとに,農作物や生活の形態を変えるのは,時間的にも費用の面でもとても負担を強いられる大変なことと思います。村の方々が,やはり協力して,土地の改良と作物の変更に当たられているのでしょうか。たとえば,寄り合いか何かで決めて,新たな里山のあり方をどうするか検討されるのですか。質問の途中で,一瞬だけ折口村長が怪訝な表情を浮かべたように見えた。何か失礼なことを口にしたのだろうか。

 「土地の改良と作物の変更ですか。そうですね。村が総出で,いえ,総出で行います。ただ,寄り合いは……ありますが,……あくまで考えを出し合うだけです。皆がそれぞれの考えを出すと……あ,いえ,そこで決定します。そのように書いておいていただけますか。」

 怪訝な表情はこちらの不手際ではなかったようだ。唐突に村長の説明がしどろもどろになりはじめたのを聴いて,何か別の要因があるのだと直感した。土地の改良と作物の変更は,個人ではできない。「総出」をなぜ繰り返したのだろう。また寄り合いは,奥早のような古い共同体では珍しくないはずだが。論文にはたしか,「共同体の立て直し」の組織化を,「寄り合いによる合議制で決定してきた」と記していた。考えを出し合うだけ,とは。

 「自然災害は,ああ,そうですね。とても大変です。ただ,天災と言うように,防ぎようがないので,仕方ないと思っている村民が多いと思います。いえ,「仕方ない」とは違います。この地に生きる限り,これは恩恵です,いえ,何でもありません。すみませんが,質問を変えていただけないでしょうか。」村長は答える順番を慌てて入れ替え,また,奇異な言い方をした。「恩恵」としての自然災害。困難な土地に不断に向き合う者は,このような言い表し方をするものだろうか。——

 概して,折口村長との話から論文をつぎはぎした情報以上のものは得られなかった。「村長になってそれほど年を経ていませんからできる範囲」は決して謙遜ではなかった。それよりも,今回は初日ということもあり,夕方までの時間を村の散策に充てて別の疑問が生じた。その疑問は,当然すぎるほど当然すぎて,奥早をじっさいに訪れるまで考えてみなかった自分自身に驚くくらい自然な疑問であった。

 村長の話に出た十年前,村の全戸数は論文によれば約三十。先日の土石流を報じたニュースでは二十弱。そして,こうして歩いていて田畑で目にするのは高齢者ばかり。詳しい統計を取るまでもなく,明らかにもう限界集落だ。ジビエの対象となるイノシシやシカも出ない。それなのに,村長はそうした村の将来への「心配」や「不安」のようなものは微塵も見せなかった。気に係るやりとりは置いておくとして,村の長はすでに諦めているのだろうか。

 もし仮にそうだとしたら,奥早に「自分という不可解な喪失者をぶつける石」を期待したのは間違いだったということか。村民まで諦めていて,共同体が消えて無くなってしまうのなら,それは「石」にもならないのでは。しかし他方で,ここ以外のどこに,人間存在に深く関わる故郷との結びつきを求め得よう。そのように考える反面,やはり,一つの仮説の証明が終わってしまったように考えている自分もいる。

 災害が多い不便な共同体に,それでも「故郷」として執着するのではない。人が土地を,土地が人を縛るのでもない。人と土地が織りなす共同体そのものが失われつつあるから,もはや執着する現実的な意味が無いのだ。おそらく折口村長をはじめとした今の村民は,それでも執着するだろう。だが,それは未来へ投げ出されたノスタルジーや憧憬とどう違うのだろうか。このまま調査を続ければ,申野先生が喜ぶ別の里山に関するテーマになろう。

 去来する想いは,周囲を観察しながら歩いていようが,立ち止まって写真を撮っていようが止め処がなかった。結局,日本で調査をする限り,このような結果に至ってしまうのかと極論して勝手に悲観したりもした。とりあえず一日目を終えようとして,村の入り口,今度は出口に戻って,奇妙な感覚を覚えた。周囲を見遣って,思わず小さく声を出しかけた。先ほど来るときに見た鳥居らしきものの形が変わっている。小さいとはいえ,このような印が変わるとは。

 手にしていた携帯電話に保存された画像を確認した。にわかに信じられなかったので,つい目の前のものと画像を目で数回往復した。たしかに先ほどとは形状が明らかに違っている。画像は,一段目,つまり,笠木と島木が重なった上部が一本で表され,二段目を欠いている。いわば鳥居の原型のようなものを映しているが,今目にしているのは馬の蹄鉄のように上部がたわんでいる。一本の樹木で作られたように,つなぎ目もない。

 まるで自然木を,ゆっくりと時間をかけて曲げ,それぞれの両端を地面に差し込んだように見える。だが,画像と比べても,色味は同じ黒っぽく,拡大してみると表面の細かい模様も似ている。写真におさめてこのように画像で確認をしなければ,見間違いだと済ませてしまいそうだ。数時間あったとはいえ,この短い時間に取り替えられたのだろうか。このようなものは,そもそも取り替えたりするものだろうか。

 念のため足元の下草を片方の手で軽くかき分けてみる。根元には掘り返した跡もなく,ずっとそこに立っていたように見える。そう,前のものを上からすっと抜いて,同じ穴に今目にしているのを挿したような感じだ。不審に思って周囲を見渡すが,やはり一度通った村の入り口だ。説明はできないが,下の土の具合次第では不可能ではないかもしれない。足で踏んだ感じほど硬くなかったら,高齢者でも五人集まればできないとは言い得ない。

 逆Uの字になっているオブジェに,あらためて携帯電話でフラッシュをたいた。これが奥早の風習であれば,明日来たときにも再び目にできようし,折口村長に画像を見せて確認することもできる。今はバス停を目指そう。ここからだと,近くの町まで一時間。来た時に調べた時刻表では,あと二十分ほど待てばいい。携帯電話のアプリで確認する。もうすぐ日が暮れるだろう。

 ふと前方を見ると,「かれてご」を背負ったおばあさんが前を歩いている。白頭巾をしている。あれは,来る時に折口村長の家を尋ねたおばあさんか。どうして同じ方向へむかっているのだろう。もう日が暮れるというのに。それともあのおばあさんと似たような格好をした別人だろうか。いや,そうだとしても,これから農作業をするならせいぜい一時間ほどだ。何かの収穫か,あるいは畑に忘れ物でもしたのだろうか。その姿を目でも足でも追いかけながら,ふと思った。

 ぼくが捨ててしまった故郷でも,休日に農作業をしていた父親がよく畑に忘れ物をしていた。それは収穫したばかりのナスやかぼちゃであったり,時には鎌や鍬などを忘れたりもした。収穫に向かって目的と,兼業とはいえ商売道具を忘れるとは,とよく呆れたものだった。調査に出た申野先生が,メモとボイスレコーダーを忘れたりすることはあるだろうか。いや,あるまい。

 しかし,バス停にまだ着かない。村落からけっこう歩いた記憶はあるが,感覚的にはふつう行きよりも帰りが近く感じるはずだが。初めて訪れる場所だと,周囲への観察に集中力を使うため向かう時は情報処理に手間取る。その分,同じルートをたどって帰ると,向かうほどの集中力は使わないため,情報処理が経済化される。この相違が感覚の違いに反映される。

 いや,わらべ歌の例もあるか,ともふと思う。行きはよいよい,帰りはこわい。あれは「遠い」ではなくて「こわい」だが。飢饉の際に,神社に奉納が強要された過酷な過去を歌ったものだったと憶えている。歴史的事実としては埋もれていても,なかには行った道を戻れない者もあったかもしれない。少し先に目をこらすと,右手に折れる道があるようだった。来る時に左に折れる道なんかなかったはずだが。

 その右手に折れる斜面の前に,確実に記憶にあるはずの民家が土手下に見えていた。まさか,と思いながらさらに行くと,もはやそれは予感などではなく,圧倒的な確実性を備えてきた。今たどってきた道路と右手に折れる斜面の近くに,それはあった。鳥居のような形をした,それは。

 ぼくは心のなかでも黙したまま,携帯電話のアプリを開き,保存されている写真を見た。そこに写っていたのは,奥早に向かった時と同じ鳥居状のものであった。そして,今目の前にあるものとまったく同じだった。道路は一本道だった。どうして同じものが。そのとき,「折口村長の家をお尋ねかの」とあの白頭巾のおばあさんが横からぼくに聞いた。

異変

 仕えのフシを引き離そうと,侍従の間から駆け足で板床の渡殿(わたりどの)へ出る。足袋のしたで,きしきしと床が鳴る感触が楽しい。時々,気づいたように止まって,布衣のすそを両手にからげ,紅と白に塗られた縄文杉を変わるがわる踏みしめてみる。背後から呼ばわる声が聞こえると,また駆け出す。

 この宮(みや)では他の師集の子どもたちと違って,「様」をつけて呼ばわれる。物心ついた頃からずっと。師集の子どもたちも,私を認めると,片膝をついて栗色の幼烏帽子(おさなえぼし)を手に取る。丘(きゅう)に向かう儀礼服のときも,こうして渡殿を駆けているときも。話し相手は侍るフシばかり。フシは小言ばかり。

 「……におかれましては,間もなく「フミ」の読み解きにお与る御身上,どうか慎み深く,そのように渡殿をお駆けなさいませぬようお願い申し上げます。万が一にもご不測の事態などがありましては,我らフシ如何に責任をお取り申し上げれば……」私はそんな粗相は冒さぬ。フシは揃いも揃って大げさなのだ。

 今日も蒼穹は透き通っている。節がそろそろめぐる。風に天草丘の光華(ひかりばな)の匂いが混じっている。宮でひときわ輝く黄色の花弁は,潤いのある光沢も素敵だけれど,雌蕊(しずい)からほのかに立ち上る甘い香が胸の奥をくすぐる。そろそろ瑞泉に植えた水華も咲く頃だろう。セキ様手ずからお植えになった薄青の根から芽が出たのは,前の節だった。

 「良いか,蒼穹を見上ぐれば,刻は静かに止まっていると感ずる。それは蒼穹の理なればであり,是も非も我々の与るところではない。師集は,オミは,フシはそれを観照し,我ら天司はその悠久を静観するのみ。だが,宮に住まう我々は歳をふり,世を世へ継いでゆく。先に私が取り上げたオミの稚児を見たろう。あの児もいずれは,お前のように長じ,述べ伝えを読み解き,地へ降りる刻もあるいは来るかもしれぬ。」

 セキ様のお取り上げになった赤子は,瑞泉の脇の宿石(すくせき)よりも小さかった。悲しげな声のみ発し,四肢を震わせていた。あの赤子も私のように,いずれは,渡殿を駆けるほど四肢が伸び,蒼穹を見上げ,光華の色と香を娯しむのか。その様を想い,未だよく解けぬ成り合い(なりあい)の不思議を覚えた。セキ様がお手に持たれた薄青の根も,赤子に同じだと仰られた。

 「この根は,厚い華身(かみ)の奥に,水華の花弁を秘しておる。まだそれは花弁の形をとってはおらぬが,瑞泉から水を吸い,大気の力源を微かに取り込んで,節がめぐる頃には花弁を広げよう。お前はいたく光華を愛でているようだが,水華もその名のごとく水鏡の花弁をつけ,清涼な香を放つ。私も光華を好むが,水の化身のようなこの華も好んでおる。」

 渡殿が尽きたので,まっすぐ梯子段を降りた。宮には一面に赤褐色の土が敷かれている。「敷かれている」とは言うが,宮が建てられたときには「すでにありし」とは,フシが教えてくれたところ。瑞泉や天草丘にある石鉱(せきこう)ほど堅固ではなく,瑞泉の淵の水泥(すいど)ほど軟弱ではない。渡殿の板間のように軋みも音(ね)もしないが,硬さは似ている。どこまでも透き通る蒼穹から降り落ちたとは思えない。が,光華のように自ずから生えたとも思えない。

 セキ様は天草丘の土が光華を育み,成り合いを援けると言われた。この奇異な硬さのものに,赤子のふくむ乳のような滋養があるとは思えない。また,水華を花開かせる水や大気の力源が蔵されているとも思えない。けれど,セキ様が言われるのだから,真(まこと)なのだろう。あるいは,蒼穹や宮と同じく,創生語(かたり)に述べ伝えられている理なのかもしれない。早く「フミ」の読み解きをしてみたい。この地のことをもっと識りたい。——

 「ここにおられましたか,そのように足袋のまま土におみ足を……こちらまでお越しいただきますようお願い申しあげます。沓をただちに備え致しますゆえ。ささ,こちらへ。」いや,良い,このまま瑞泉に向かいとう思うておる。「それはなりませぬ。どうか沓をお召しくださいませ……。」

 フシがお小言を言い終えぬ前に,片膝をつき頭を垂れた。向かいの渡殿の床板の軋む音(ね)がする。あの音は,セキ様——

 「ここにいたか,アヤよ。フシたちが天文丘までお前を探しに来たわ。相変わらず,侍従を惑わせているようだな。次世の天司として,そろそろ少しは慎みを憶えぬとな。お前の識りたいと希う心は感心だが,あまりフシを案じさせるな。」

 破顔はされていないが,言葉じりに優美さが添えられている。このお声を耳にすると,お言葉とは裏腹に許されている気を覚えてしまう。フシを遠くに控えさせ,副手(そえで)されて水華の根を水土に植えたときと同じ慈しみに,胸の中が温かくなる。セキ様,そろそろ節の変わり目にございます。先に(せんに)植えた水華の様子見に参ろうと思っておりました。

 「そうか,節の変わり目が近いか。蒼穹を見ておるとそれと気づかぬが,やはり刻はめぐっているのだな。私もこの節の水鏡の花弁が如何様か識りたい。しかし,中心丘に用があるゆえ,アヤ,お前一人で観てきてくれるか。」はい,セキ様。「その前に,フシよ,沓をこれへ。アヤ,私に免じてフシの進言を聞いてくれるな。」……はい,セキ様。

 セキ様は私の顔をご覧になり,小さく破顔された。そしてそのまま,中心丘の方へ一人,板の間をゆっくり行かれた。私はフシに足袋の土を払ってもらい,むらさき草色の沓を履かせられるがままにした。セキ様のお言付けであれば,無下にできない。足が小刻みに揺れるので下を覗くと,フシも袖で口元を隠して微笑んでいた。

 フシを侍らせて瑞泉に近づくと,すぐに清々しい香がかすかな風にまじった。セキ様の仰られた通り,その香は瑞泉に渾々と湧き出ずる澄みきった透明を思わせた。水に花開くから水華ではない,「水の化身」だから水華なのだ。間もなく瑞泉が見えるというところで,泉の淵から水が溢れるときに聴こえる音(ね)が辺りに響いた。これは,と振り返ってフシに問うと,フシは明るい声で

 「ご自身の御目でお確かめくださいませ。セキ様のお戯れでございます。」と応えた。

 沓の歩みを少し早くし,瑞泉の淵に来ると,そこここに真っ直ぐにのびた水標(みずはだ)色の茎の先に,水面をそのまま花弁にしたような華が咲いていた。透明と潤いは水のままに,けれど,上から覗き込むと自分の顔が写る。まさに水鏡の花弁だ。その花弁が時折,湧き出る泉のごとく揺れると,それが音になって小さくこだました。一輪が,そしてまた一輪がそろって奏でると,さながら無数の泉が湧く響(ひびき)となった。

 セキ様はこれを黙しておられたのですね。響に魅せられて,つい声音をあげてしまった。すぐさまフシが片手を口元に遣り,お慎みなさいませという所作をしたが,その面(おもて)は私と似て,如何にも愉しい風情であった。響と相まって瑞泉そのものが水の音を奏でているようであった。この透明さを聴きながら,それを目でも愛でようと,遥かな蒼穹を見上げたときだった——

 透き通った蒼穹に,黒い芥子粒が浮かんでいた。これまでこのようなものは見た試しがなかったので,最初は自分の眼(まなこ)を不審に思ったが,紛うことなく芥子粒が浮かんでいる。あれは,とフシを振り返ると,五体をひどく震わせ,目が潰れるとばかりに,袖で顔を覆っている。

 「私めの聞きしことに違いませぬなら,あれはおそらく黒点にございます。」黒点!怪し(あやし)のもののように思うが,いかん。「吉凶のしるしと述べ伝えられておりますが,私めも怪しのものとお見受けいたします。お早くセキ様の元へ参りましょう,お早く。」——

 待て。水華の響が止んだ。先ほどまでの愉しき水の音がぴたりと止んでいる。袖を押さえるフシを振り払って花弁を覗き込むと,水鏡の底が次第に紅に染まっていった。これは,と思う間もなく,水華が茎から花弁から炎を吹いた。水より火が!幼き頃に小唄でなじんだ四性(しせい)の理はいかがしたのか。

 ——「火は水に,水は火に。木は土に,土は木に。相容れぬ,相容れぬ。火は水に,水は火に。木は土に,土は木に。相容れぬ,相容れぬ。そは違い,そは違い。そは違い,そは違い。四つばらの,四つばらの。同胞(はらから)の,同胞の。」——

 四性の理が破られている!セキ様に早くお伝えせねば。黒点と水華の炎。宮に何が降りかからんとするのだろう。アヤはフシを急き立てて,今一度蒼穹の芥子粒と水華を見届けると,中心丘へ向かった。

神隠し

 語り部がいてくれるとありがたい。できれば,測量士について説明を求めたい——

 村の中心線となる車一台分の幅員の道を歩いていると,今では珍しい茅葺の低い家屋から田畑が見え隠れする。農閑期を選んだはずと考えたが,そもそも農村というのは,真冬でも豆類の脱穀干し柿を作るのに忙しい。腰を曲げながら鍬をふるい畝をつくる姿すがたを,遠い記憶をたどるようにそこここに見ていた。

 鳥居状のものはあれ以来頭を離れなかった。何度か足を運んで調べた。形状が変わることを除き,紋様と木肌と色合いに変化は見られなかった。触れてみて分かったのは,黒に近い褐色の原因は,予想していた風雪の積み重ねなどではなかった。昨日に作られたばかりのようにすべすべしていた。作られた元より「このような色」に仕上げられたのだろう。

 折口村長は相変わらず沈黙を守っていた。部屋をあてがい,寝食を提供してくれる他は,何をきいても頭を振るばかりだった。その変容ぶりは,最初のインタビューをしたのは別人ではないかという軽い混乱をぼくにもたらした。黙秘権を行使する村長とは対照的に,村民は何ら臆することなく,不躾な問いにも答えてくれた。

 「そうですね,ここ何年かの被害では幸いにも亡くなった方はおられません。先日の土砂でも,畔がえぐれたり,畑に石が入ったりしましたが,家がつぶれたところはありませんでした。本当に幸運ですよ。生きていて土地があれば何とかなりますからね。え,村民の増加ですか?ご覧のように高齢者ばかりですから,新しい命に恵まれることはありません。ただ,たしかに何人かの方が,農業体験とかで少しずつ住み着いています。」

 その何人かの方とは?今はどちらに?

 「あの,村道の一番奥に村井さんという方の家があります。そこから少し林に入ったところに,共同作業所があります。農業体験の希望者の方々は,そちらに住み込みで働いていらっしゃいます。若い方も,たしかいらっしゃいました。」——

 田上という初老の男性が教えてくれた作業所は,奥早が森の中に吸い込まれるように果てる,その手前の林のなかにあった。旧国道につながる村道からは,ケヤキの樹木の隙間を通して,数メートルほど下の開けた場所。平屋の比較的新しい大きい家屋は,作業所というよりは縦長のログハウスを思わせた。脇に小川があり,家屋と傾斜にはさまって井戸が設けられている。どうやら,ここですべてが賄われているらしい。

 すみません。こちらに作業場があると,田上さんからお聞きしたのですが——。

 新しい木の板に焼ごてで刻印された「奥早作業所」の文字を確かめながら,スレンテスにガラスのはまった引き戸を開けて挨拶をした。それに応えるように,薄緑の作業着姿の中年の男性がそそくさと出てきた。こちらに気づくと表情が目に見えて硬くなった。男の後ろの板間には,ビニール製のむしろが一面に敷いてある。

 「はい,何でしょうか。こちらが作業場ですが。どちら様で」

 そう言う男に続いて,五六人ほどの男性が視界の外からぞろぞろと出てきた。村の中ほどに住んでいる村民と違い,何かに怯えているような,いや,何かを恐れているような感じがする。ふつうこの手の反応は,村民に見出されるもので,移住者には見られないものだと思うのだが。——

 「いやあ,横溝作品は古谷一行のシリーズでしょう。」いえいえ,市川崑石坂浩二ですよ。あの襖を開けた奥の端にそれとなく残る陰影は,田舎の闇そのものを象徴しています。「そうかもしれないけど,原作の金田一に近いのは,飄々とした石坂浩二じゃなくて,ダンディな古谷一行だよ。」まあ,どちらも他者を警戒する,いかにも「村」の感じは大事にしていますけどね。——

 研究室の先輩で里山をフィールドワークする人は,たいていが親族か親類の「つて」を頼っていた。横溝論争をした先輩も同じだった。今の時代に,『八つ墓村』や『犬神家の一族』の舞台となったような共同体があるのか(あるとしたら,どれくらいあるのか)ぼくは知らない。それでも「「よそ者」として扱われるかもしれない不安は払拭できないよね」と出発前に先輩は言った。

 田上さんからお聞きしまして,こちらで農作業体験をされているそうですね。

 「農作業体験——ああ,そうですね。はい,ここではそういうことをしています。それが何か?」中年男性の後ろの何人かが顔を見合わせている。いかにも怪しい若者,といったところか。

 あ,すみません。ぼくは大学の卒業論文を書くために,この奥早村を調査している糸巻と申します。突然お訪ねして申し訳ありません。里山の実態が知りたくて色々な方にお話をうかがっているのです。

 調査の形式的な口上を聞いているあいだに,その場の雰囲気がゆっくりと,しかし確実に変わっていくのを感じた。距離を埋めるための儀礼が,返って距離を増してしまったようだ。嘘をついている子どもの言い訳を,それと知りつつ,とりあえず聞く大人の目を,みなが湛えていた。

 「あんた,本当は——閉じ込められたんだろ?——」

 あの,どういうことでしょうか。実体験に裏付けられた冷ややかな嘲笑と諦めが混じった口調に,なぜかぼくは引き戸を開けた時よりも冷静になっていた。この人たちはぼくと同じ状況にあるのだろうか。だとすると,田上さんは,ここの人たちがどうして「農作業体験」をしているなどと,ここが「作業場」などと偽るのだろう。この言葉にあてられたのか,周りの男性たちが,ひそひそと何かを言い合っている。

 「信じてもらえないだろうが,ここにいる者は,みんな少しずつ記憶を失くしている。生まれた場所が分からない者,育った場所が分からない者,何の仕事をしていたのか分からない者,みんなバラバラだ。いくら思い出そうとしても思い出せない。共通しているのは,ここに来る直前の記憶は全員憶えていないことだ。気づいたらこの「施設」にいたんだ。——何度も出ようとした。みんなそろって。だが,あんたも知っているように——。」

 例の鳥居状のものか。しかし,「記憶を失くした」とはどういうことだろう。みなが「どうしてここにいるのか記憶」が無い。ぼくのように自ら「入り込んでしまった」のとはパターンが違うのか。ぼくの記憶の欠損はまったくない。すべて憶えている。戸井さん,もう止めておけよ,この人も何も知らないよ,と何人かの者がつぶやいた。

 「あんたは,どうなんだ?どうしてここで目覚めなかった?どうやって,ここに連れてこられたんだ?どうやったら出れるんだ,なあ?誰が助けてくれる?携帯電話も通じないし,外に連絡を取る方法もない。俺たちは一体どうしたっていうんだ」——

 戸井と呼ばれた男は次第に声を荒げるた。周りの者がそれを抑えるように,彼の両肩と両腕をつかんだ。この様子だと皆が同じことをひとしきり考えつめたと思われる。たまたまこの戸井という男を介して,皆の抱える「絶望」が噴出したにすぎない。これだけの人数なら暴動も可能なのだろうが,それをしないのは「そうしても無駄だ」と知っているからだろう。

 まだこちらに迫るような勢いを見せる男をよそに,ぼくは二つの推論を立てていた。

 彼らが幾度試みてできないのだから,とりあえずはここから「意志では」出られないと思われる。これが一つ。試みてできない彼らから方法論を引き出すのは不合理だろう。これが二つ目。いずれにしても,彼らの存在と不可解な出来事に直面しては,ぼくの調査は本来の軌道から完全に外れてしまった。もはや災害の記憶の調査でも,里山の調査でもなくなってしまったようだ。

 ご指摘されたように,ぼくもここに「閉じ込められた」人間です。どうしたら出られるか,その方法をここ数日間探しています。田上さんからうかがったのは,「ここに閉じ込められた人々」の話ではありません。近年「増えた村民」としてあなた方の話をうかがいました。真相は違うようですね。——

 これもご指摘されたことですが,ぼくにはなぜか完全な記憶があります。そして調査の話は本当です。その調査のために,ここに来ました。もしかしたら,自分の意志でここに来たので,記憶が残っているのかもしれません。あくまで推測ですが。皆さんとの違いを考えてそう思いました。ただ,出られないという事実に関しては,皆さんと同じです。

 「……そうか,あんたも出ようとしているのか……でも,何回も試したが,同じところに帰ってきて,なあ,みんな!……村の人は,きいても頼んでも,何も言ってはくれないが,俺たちに同情してくれているのは,食べ物や飲み物,衣類などを世話してくれることから分かっている……だが,出られないのではどうしようもない……俺の家族は,子どもはどうなっているんだ,仕事は……」

 「出ようとしている」——果たして本当にそうなのだろうか。目の前の苦悩する男を見ていると,自分のなかの何かが,とても冷たく透明にになっていく気がする。そうか,どうやらぼくは,「ここに閉じ込められた」ことをそんなに,いや,まったく思い悩んでいないらしい。なぜか。それは簡単だ。出られたとしても,帰る場所がないから——だろうな,たぶん。彼らはみな,帰る場所,帰るべき場所があるから,思い悩むのだ。

 すみません。今の段階では,どのようにすべきか正直思いつきません。ですが,少し調べさせてもらえませんか。まだ聞いて回っている途中なのです。少なくともこの奥早村については事前調査も行ってきましたし,村の歴史も多少知っています。起きている不可解な現象が,土地固有の何かに関わるのだとしたら,もしかしたら何かつかめるかもしれません。——今度は探偵の,そう,金田一のような口上を述べて「作業場」を辞した。改めて事実を突きつけられた男たちは,無言でうなだれてぼくを送り出した。

 ぼくが彼らを後にして向かう先は一つしかなかった。そして,その一つの場所で,一つのことは今すぐに真偽を確かめる足がかりとなるはずだった。そう,「作業場」へぼくを誘った者。

 「そうですか,話をお聞きになったのですね。それでは私の方から話すことは,もうありません。それもご存知ですよね,ここに戻られたということは」目の前で,くたびれた座布団に田上は正座した。

 そのお話しの様子ですと,ぼくに「知って欲しくて」あの作業場のことを教えてくださったように聞こえますが。しかも,ぼくが戻ってくることも想定されていたのですよね。だとすれば,ぼくにはお話を聞く権利があると思いますが。田上はあの戸井という男と同じような表情を浮かべた。

 「あなたが,いずれあそこにたどり着くのは避けられないと考えました。それに,おそらくお聞きになられたと思いますが,私どもがあの方々を「閉じ込めた」のではありません。今は何もお話しできません。唐突に思われるのを承知で言います,どうか,村長を信じてあげてください。あの方の問題は,必ず解決するときが来ると思います。いえ,必ず来ます。そして,あなたの問題も,おそらく。その時に彼らも——」。

 田上は何を言いたいのだろう。ぼくがきいているのは,村長の問題でも,ましてやぼくの問題でもない。「彼らの問題」だ。それに,ぼくの問題とは何を指しているのだろう。故郷喪失者のことは誰にも話していない。あれについては,ぼくがここにいる限り,いや,ここに居続けるのだろうから,解決する必要がそもそもない。

 「村長さんと,あなたは似ていると思うのです。あの方も,自分の足で来られました。私が若い頃,あなたと同じような学生さんが調査に来たことがありました。その方も,けっきょく出られました。問題の根っこは同じです。ただ,この度は事情が違うようです。「あなた方だけの」問題ではないようです。測量士が来ることになるでしょう。」——

 測量士?どうして突然測量士が出てくるのですか?この奥早の土地を改良する予定でもあるのですか?

 「そうですね,改良といえば,改良かもしれないですね。なるべく早い改良が必要なようです。いえ,正確には元の形に戻すというべきかもしれません。——」田上はなぜか明るい表情でそうつぶやいた。

 村長と一言も言葉を交わさない夕食を終えると,奇妙な疲労感に襲われた。布団を敷く間もなく眠り込んだ。

 不思議な光景を見た。月が青い空から緑の枝葉を照らしている。ここは,村の境にある(そうか,出口であり,入口になるのは「境」だ)あの鳥居状の木がある場所だ。鳥居のようなものは——うん?表面の色合いが揺れているように見える。いや,揺れているのは黒褐色の下の紋様だ。波立つように,泡立つように揺れている。側に誰かが——フェルト生地のような,獣の皮のようなものを上下にまとって,頭に白い布を巻いている。こちらを,いや,鳥居の紋様を見ているのか?

 「ほう,この姿が見えるのか。なるほど,お前もどうやら「遅れてきた者」らしいな。土と地の約束から逸脱してしまったのか。そうか,自らその道を選んだのか。だが,お前の中に捨て切れぬものがある限り,お前は必ずやってくる。いや,戻ってくると言うべきかな。お前が作り出した世界から。ここには,それと意識せずに約束を逸脱した者が何人かいるようだな。彼らもまた約束を思い出すだろう。その時はそれほど遠くない。では,いずれ。」

 あなたは誰なのですか。お話しされたこと,一体何なのですか。——

 質問にニヤリと笑みを残して,その男はぼくの前から忽然と消えた。まるで空間にすっと吸い込まれるようだった。

異形をたずねて

 すべてが白で覆われていた。道と畑を区別するのは,畑と丘を区別するのは,白の高低差だけだった。一息つきながら,背負った袋から幾重かに折られた紙を取り出す。何度も出しては入れを続けたので,長方形の端と,谷折り,山折りにした部分の繊維が綻んでいる。厚手の手袋をはめたまま,落とさないように赤いマーカーを取り出して,キャップを噛んで外した。

 来た道の先にある鳥居を確かめるように振り返り,広げた紙の上にマーカーで不器用に円をつけた。これで最後の神社も回った。少し紙を離して見ると,赤い円の連なりは,巨大な蛇が這った跡か,巨大な蛇か龍そのもののように,紙面にのそりと横たわっていた。それを認めると,紙面を畳み,右手でウィンドブレーカーのポケットから小さな木彫りの像を取り出した。

 この像を身につけたまま,骨董屋から骨董屋へと渡り歩いたのがずいぶん前のことに思われた。勤めていた商社を早期退職してまですべきことか,と思わない時もなかったが,「あのとき」以来,何よりも優先して「こうすべき」との,深いところから駆り立てられる想いを抑えようがなかった。まるで半分の自分がそれを急かすかのように。そして,それに応えるように,像にまつわる足跡は「向こうから」やってきた。——

 ——「そうした民具が回ってくるのは,そうそう無いのですよ。持ち込まれても,よほどの鑑識眼がないと,値段がつけられませんから。せいぜいが二束三文で引き取るってところです。そうですね,むしろ民芸博物館などに行かれた方が早いのではないですか。蒐集も多いと思いますし。あ,そういえば——」。

 唐突にそう言うと,店主はサンダルをつっかけて店の奥に消えた。戻ってきたときには,色あせた重ね折の紙を手にしていた。

 「すっかり忘れていました。各地の民具をたどるなら,これが役に立つと思いますよ。かなり前に,在野(ざいや)の研究家の遺品を買い取ったんですが,そのなかに民具と所縁(ゆかり)のある神社仏閣を示した古地図があったのです。えっと,開くので少し待ってください。はい,こんな感じです。村落の名称は昭和初期のままですが,東北地方を中心に細かく記されています。震災の影響は分かりませんが,残っているものも多いと思います。」

 古地図は「二束三文」で譲ってもらえた。民俗学は戦後にすっかり廃れてしまいましたし,個人の作成した地図ですから,と店主は受け取った小銭をレジに入れながら話した。手元の『古代日本の土地信仰』の奥付も,そう言われれば,昭和十八年になっていた。民俗学の盛時にも,関心の的は「原日本人」や,現在の領土問題につながる「辺境」であって,地方の信仰と民具の結びつきではなかったというのが,店主のうんちくだった。

 「たしかに,宮本なんとかという民俗学者のように,民具を重視した方もいらしたみたいですが,それも農機具などが対象だったと聞いています。」

 小さな像の図像学的研究がない以上,現地と思しき場所を足で周るしか方法はない。古地図は関東近郊から青森までを範囲としていたが,印のつけられた箇所は,概ね太平洋側から北上して,津軽海峡の手前で折り返し,日本海側をふたたび北関東に戻っていた。近場からしらみつぶしに辿ることにした。夏から秋にかけてはどこか旅気分だった。好意で神社や民家に泊めてもらい,民具と信仰の関わりを尋ね,それをノートに事細かく記した。

 「七月二十三日,火曜日,晴れ。神下(かのり)神社。民具はこの地に特有の唐笠天狗。雪深い土地ゆえに,山伏に唐笠をめぐんだ風習が転じて,天狗の頭にこれを被せる図像となった。神主の話では,唐笠を「かろうかさ」と読み,天狗の飛翔の妨げにならないよう,余人とは別の「軽い笠」を被せたとの意も伝えられている。組み合わせはどこか可愛らしい。」

 岩手に入る頃に山はすっかり紅に染まり,朝夕の寒さが身にこたえ始めた。トレッキング感覚だった山登りも,知らぬ間に膝への負担を蓄積したようで,風に冬の香りを感じたときには,テーピングと杖に頼らないでは進むのが不可能になっていた。そして,予想以上の時間をかけて雪深い山岳地帯を踏破し,ようやく南下の途についた。

 この間に見出した土地神は実にさまざまだった。研究書に記載された天狗や鬼の像から,木霊を思わせる荒削りの木彫り,口から龍を吐き出す秘仏,炎の剣を加えた蛇,土地と結びついた想像力の多様性に驚嘆した。山岳信仰や土地固有の地形をなぞらえたと考えられるものが多かったが,そうした思考と逸脱したものも多かった。

 このように振り返ると,中高年の在野(ざいや)の研究調査をしているようだと自分でも思ってしまうのだが,決して研究のための調査ではなかった。「あの」骨董屋で影の暗示を受けてから,ふとすると自分が半身になってしまった妙な感覚につきまとわれ,その半身の強い促しでここまで来たような錯覚を覚えた。

 ——「これは糸口なんだよ,お客さん。「これから起きる」ことを考えるためのね。いいかい,そうだと思った影も,光を当てれば別物を照らす。影は自分が思っていたものだとは限らない,それどころか,影は思い込みにすぎないってこともある。このことをよく肝に命じておいてくれよ。」——

 この旅と言えぬ旅も,あの言葉,あの影への警告が発端だった。素泊まりしたホテルの一室で,暖房に全身がしもやけになるのを感じながら,防寒具を脱いでそのままベッドに横たわった。自分のすべてが民具を求めているのではない,自分の半身が民具を求め,残りの半身を動かしている。異様な形状の民具に出会えば出会うほど,求める半身の「震え」が伝わる。これは——

 「古い地層は新しい地層の下になるものです。地層そのものは沈みますが,記憶は地層が変わってもその上澄みとして残り続けます。ただし,記憶を伝承でのみ繋いで行くのは困難です。記憶を担保し,補完し,記憶そのものとなる証が必要です。あなたが出会った民具は,すべてそうした地との深い関わりを示すものなのです。」

 昔の百姓姿に脚絆をつけて,腰にはカンテラ,肩にはナップザックをかけている古老の男性が語りかける。あなたは——私の持っている古地図を作られた方ですか。

 「わたしが調査した時分は,国家が総出で戦争へと傾斜した時代でした。地方で起きる災害など,植民地と化した前線での出来事に比べれば,取るに足らない些事と見なされました。いずれ満州をはじめとする開拓地へ移住させる腹積りだったのです。土地を替えるのは,それが本位であれ,不本意であれ,人も土地も痛みを伴います。わたしはその痛みを解き明かそうと,民具とその所以を辿ったのです。」

 それでは——と,向こうへ消えゆく男性を追って手を差しのばしたところで目が覚めた。人と土地の関係が揺れ動く境目,それをあの男は確かめるために東北まで足を伸ばしたのか。仮に自分の半身が,木彫りの像を手掛かりにこの旅を焚きつけているのなら,ふたたび人と地の関係が揺れ動くというのか。起き上がって,あの古老の男が残した古地図を広げた。と,あることに気づいた。

 このまま青森を折り返して日本海側を進めば北関東に戻る。そしてこのまま辿る神社仏閣を赤いマーカーで印をつけていくと——その旅程の軌跡,ときに印の並列にもなっている旅程の軌跡は,まるで大蛇か龍を思わせた。印の少ない北関東を尾にし,印が多くなる東北が胴体となり,それが青森でのたうち北関東を目指す。その顎(あぎと)の先には「奥早村」という地名が記されていた。あの天災の耐えない村か——

 木彫りの像,土地との記憶,男の言葉,人と土地の揺らぎ,天災の地。そのとき,すべての点がつながった。どうやら自分の半身が求めているのは,古老の男が「行った(おこなった)」確認を,奥早村で行うことなのだ。あれほど天災が集中して起こる機制は,人と地との間に何かが生じているから,ということなのだろう。ただ,ここでそのように想定してみても,実相は雲をつかむのに似て,洋として知れない。向かうのか——

 ——見慣れるほど見てきた木彫りの像を,ウィンドブレーカーのポケットに戻した。春の訪れを待って,奥早へ向かおう。考えるまでもなく,膝も腰も休養を欲していた。一年に満たないはずが,もうずっと山地を経巡ってきた感覚が,体の隅々を満たしていた。と同時に,商社に勤めていたときには決してなかった満足感も体の隅々を満たしていた。不思議なものだ。

 「奥早ですか,バスを乗り継いで,そうですね,二時間ほどですね。まず奥井(おくのい)村まで行ってください。そこから奥早行きのバスが出ています。ええ,奥深い村ですが,雪害は無いのですよ。もう雪解けは終わっていると思います。」

 携帯電話のアプリで一番近いと思われる町を探した。その町「小刃市(こばし)」の,観光案内所のインフォメーションカウンターの女性が,時刻表を示しながら教えてくれた。奥井から奥早までは,ちょうど一時間だった。さすがに山間地らしく,携帯の電波状況が悪くなってきた。何気なしに,フォトをクリックして別れた妻と娘の写真を見ていた。商社を辞めたと聞いたら,驚くだろうな。働きづめだった自分が,調査じみた旅とは。

 バス停はてっきり村の入り口にあると思っていたので,旧国道らしき道路の途中で下車したときには意外な感じがした。車窓からそれらしき集落は見当たらなかったことからすると,このまま道なりに行けば良いのかな。少し行くと,向こうから古い網細工の大ぶりな籠を背負った女性が歩いてきた。腰を屈めて白頭巾を被っている。すれ違う前に,奥早村はこちらでと聞こうしたが——

 「ようこそお出でくださいました。すでに準備はできております。あそこに右手に折れる道があります。鳥居のところで少し待っていてください。」

 そう老婆は告げると,こちらの怪訝な顔つきも,問いかけをしようとする仕草も無視して,さっさと歩いて行ってしまった。まるで自分が来るのを待っていたような口ぶり……聞き間違いでないとしたら……どういうことだろう。

 さらに少し行くと,たしかに言われた通り,鳥居らしきものがあった。新しい木を削り出したのだろうか。檜を思わせる白木で組まれている。形は鳥居というより,その原型のようだが……と,体のなかの何かが蠢くのを感じた——踵に違和感が,何かがおかしい……振り返って足元を見ると,影が,影が,自分の影が何かにつかまれたように踵から引き延ばされていく——その先にあの鳥居があった——ゆらゆらと,その白木に蔓を巻きつけるように,影が這い上っていく——

 「ここに至りて,人と地,端境(はざかい)を成す。人は地を,地は人を忘れ,異形有し処(ありしところ)を失う。門は門につながらず,人,地,いずれもここより出る能わず。これ並び立つ世界の変じによるなり。変じ終わりしとき,ふたたび門つながりて,人と地の端境破れ,異形有し処に戻りぬ。」

 そ,その声は誰だ。影はどうなるのだ。——折口は叫ぼうとしたが,意識が薄れていくのには抵抗できなかった。

新たな地

 初めて見るそれは,瑞泉の水のように透明で,瑞泉の水とは違い「それだけで」形を保っていた。透明の深くは,奥ほどだんだんと黒みを増し,そこに浮かんでいる文字(もんじ)は見えそうで見えなかった。コウ様の創生語(かたり)で教わった玉,不思議な文字(もんじ)や印の浮かぶ玉は,このようなものだろうかと思った。

 「興味を持ったようだね。この地を統べる(すべる)「フミ」が編まれしとき,この標も建てられた。いまお前が読み解きを習っている「フミ」にも,この標のことは記されている。だが,何のために建てられたのか,どうしてこの中心丘が選ばれたのかは記されていない。「フミ」に記されないとは,我々の智(ち)では測りがたいということだ。」

 コウ様,それではこの標は——

 「うむ。「フミ」に意(い)と義(ぎ)は記されてはいない。だが,記されていないからとて,無下にはできない。創生語に属するのだからね。そして,セキや,この標は私たち「天司(あまつかさ)」のみ見るのを許されている。他の者が目にすれば,たちまちにして眼(まなこ)が潰れると聞く。だから,我々はこの標の護人(もりびと)でもある。よく覚えておくのだよ。」

 天司には,それぞれの師集(ししゅう)とは別の役割が与えられていた。「フミ」師は「フミ」の読み解きを事とし,卜師は吉兆の方(かた)を解いた。オミは地の験(けん)を積み,符術師は符の使役に与った。天司はそれら師集の技を束ね,併せて天の理(ことわり)を司った。母コウが蒼穹の力源(りきげん)を手に借り集めて,大気を一刻自在に操るのをセキは目にした。

 「我々は天の理を司る。よって天司と呼ばれる。理を司るとはいえ,そもそも理は智を越えておる。ゆえに自在に見えようが,代(しろ)が必要となる。使役ごとに腕に現れる赤卍はその代を払いし印。セキよ,手近の柱にしがみつくが良い。」

 母コウはそう言うと,赤装束から左腕を抜き出し,手のひらを蒼穹に高く掲げた。手のひらに周りから大気の集まるのがセキには見えた。と,その瞬間に一陣の突風が天文丘を包み,縄文杉の床板がガタガタと激しく揺れた。風の強さと床板の揺れに,セキは目を閉じてしまった。風が止み,床板の揺れも止んで,ようやく目を開けると,立ち尽くした母が左手を見ていた。そこには卍の模様が浮き出て,模様をなぞるように血が流れていた。

 天司はそれまで宮(みや)を護った先人の力源も用いることができた。守護七聖人とされる初代エイ以降の天司,アン,タラーク,バン,カーン,キリーク,マン,サク,それぞれの紋字を符と結い(ゆい),先読みをしたり,土を動かしたり,封印玉を繰ったりできた。

 「いいかい,セキ。天司のこれらの技には陰と陽がある。それぞれ,右が陰を,左が陽を司る。ゆえに,力の働きを受くるには陰の右を,力の働きを散じるには陽の左を用いるのだ。二つの働き,すなわち陰陽を併せたいなら,このように右と左を交差させるのだ。」

 最後に教わった発動と吸収の術は,もっとも難ごとであった。だが,それがあったからこそあの刻に黒炎を消すことが叶った。長じるまで,セキはこれら天司のみに許された技を母コウの手ほどきで身につけた。むろん,「フミ」の読み解きはフミ師を侍らせ,はじめは副手(そえで)されながら,のちには自ら白布に文字を綴った。

 いつの頃からか,セキは「フミ」の読み解きをしていて,確たる形はとらない悶(もん)にまつわりつかれるのを覚えた。天司を拝し,その命に従って師集を束ねながら,宮を護持する。母コウの述べ伝えを聞く限り,この巡り(めぐり)に狂いが生じたことはない。片や,編まれた刻より一文字すら変じない「フミ」がある。初代エイ様より守護七聖人,それより幾許の代々(よよ)を経たのか,にもかかわらず久遠の静謐のごとき不変がこの地にはある。

 天司ですら歳をふり,相貌に四肢に変じを生じる。新たな師集の子を取り上げ,新たな師集が加わる。我々は刻のなかに,刻とともに生を営む。瑞泉に咲く水華も節に従う。その上を翔ぶ蜻蛉は幼い虫より蛹となる。が,しかし,蒼穹は「フミ」や述べ伝えと同じく,刻をまるで持たないかのようだ。——「フミ」に記されないとは,我々の智(ち)では測りがたいということだ。——果たしてそうなのだろうか。天文丘で蒼穹を見遣るとき,その変わらぬ蒼さに不安を覚えるのはなぜか。——

 セキ様——そう呼ばわれて,セキは我に返った。両腕の卍模様が見えなくなるほど血が流れ,縄文杉の床板を赤く染めている。横にはアヤが煎じ膏を持って控え,その向こうに測量士が佇んでいる。そうか,「あの悶」の判じがこれだったのだ。初代エイによって「フミ」が編まれた刻に,「すでに我々までの譜(ふ)」は閉じられていたのだ。

 「そうだ。宮に残された土は,土が紡ぎ出す営みだけは,「フミ」を編んだ者も予測できなかったことだった。お前が不審に思ったように,土の上では生が営まれる。いかに宮が地を忘れようとしても,宮の一片の土がそれを覚えている。宮を「蒼穹」に浮かべた理由は分かる。土と地は,花を,虫を,お前たちの生を彩るだけではない。共にあろうとすれば,花も虫も,そしてお前たちの生すら脅かすこともある。

 それらを恐れればこそ,いや,それらに思い煩うことなく生を全うしようとするからこそ,宮を地から離したのだ。そうすれば,不変の「巡り」のなかで静かに生を営めるからな。だが,ここにある土が,それが「まやかし」であることを最もよく証明する。「フミ」を読み解いて矛盾を感じたお前は,やはりこの地の一つの終末を迎える「宿世(すくせ)」だったのだ。」

 「測量士様——セキ様——

 アヤよ,案ずるな。煎じ膏をこれへ。測量士殿の仰る通りだ。私の代でこの地のあり方は変ずる。それは,我々の想うだにせぬ末(まつ)を生むやもしれぬ。「フミ」にも記されておらぬことだからな。我々の智を超える——私は笑っているのか。何が待つやもしれぬのに。代々の述べ伝えがすべて破られるのに。私は笑っているのか。不思議なものだ,畏れよりも悶が解けし安らぎの方が大きかろうとは。

 測量士殿,標をお願い申し上げまする。私を継ぐ,いな,新しいこの地には,我が娘アヤが立ち会いましょう。我々が知らぬ地を見せてくだされ。

 「分かっている。アヤ,中心丘へ向かうぞ。他の者は最後の天司の世話を頼む。お前にも違う形の地で,これまでとは違った生の営みをしてもらいたいからな。ようやく「フミ」の時代が終わる。そうだ,天司,これはまったく異なる流れのようで,実は理の円環だということは分かるな?」

 創破創!創りては破き,破いては創る!円環!——

 「そうだ。お前たちが「創りし」世界は破け,そして,いま新たに「創られる」。お前たち天司が危惧していた円環は欠けはしない。安心して身を休めよ。」

 ……これも「宿世」か。あれほどまでに案じていた円環が欠けるどころか,円環の理そのものの働きであったとは。お母様——

 「よし,アヤ,袖に触れているのだ。行くぞ。」——

 測りごとをしたのだろうか,測量士とアヤの姿が忽然と消えた。程なく,宮が静かに下降し始めた。と,中心丘に向かったときと同じく,測量士とアヤが音無く目の前に現れた。——!!!アヤの両目に,両目に左卍と右卍が黄金色に光っている。これは——

 「天司は力を発動させると,手や腕にこの卍模様が浮かぶと聞いていたが,この娘はどうやら違ったようだ。お前のその腕の傷は,時間が経てば消えるのだろう。うん。この娘の両目の模様はおそらく消えまい。この測量士の測りごとに近い力を備えているようだ。もっとも,地が新たに変ずるにあたって,起こりうる災厄を減ずる力をもっぱら宿しているようだが。」

 し,しかし,なぜ我々の「フミ」に基づいた術の印が……もはや新しい地では,それまでの術など虚しい(むなしい)のでは?

 「さてな。理がそう「望んだ」のだから,浮かんだのだろう。お前たちは理と言うと,まるで石塊かなにかの無機物のように思うだろうが,あれでいて,お前たちみたいな存在に,似ているところもあったりするんだぜ。洒落てるとは言いたくないが,理なりの天司への置き土産だろうな。おっと,下まで降りると衝撃が走るから,気をつけろよ。」

 お母様,私も生きている間に娘の卍模様を見ることができました。お母様にもお見せしたかったです。この娘は私たちの,私たち天司の娘です——

 「セキ様,いえ,お母様。私の目を見てください。お母様にも中心丘での出来事をご覧に入れとう存じます。さあ——」。

 お前の目にはそのような力が——ここは……中心丘の標があった場所か。漆黒の虚が見える。うむ?測量士殿が右手になにやら印を組み……梵字を唱えておられるのか。うむ,あれは逆さ梵字!左手にあるのは……封印玉,いつの間に!土気色の光が玉から放たれている!……アヤは?両目に手を当てている,痛むのか?うむ……手を外した,光が両目に吸い込まれて……

 セキは測量士が天司と「真逆」の術を行っているのに気づいた。受(じゅ)に用いる陰の右手で印を結び,散に用いる陽の左手に封印玉を持っている。そして,唱えるのは梵字ではなく,逆さ梵字。おそらく標に封じられた地のものを,封じるのとは逆に解放するためなのだろう。その解放の予兆があの土気色の光に違いない。——しかし,その光をアヤの目が吸い込むとは。そして,あれは卍模様が目に——

 「そうです,お母様。私が新しい地のために,地のものと契りを結んだのです。その証がこの二つの眼(まなこ)です。お母様のお言付けの通り,この眼にしっかり成り行きを刻みました。この模様は,測量士様が仰っていた理のお戯れだけではありません。地のものと共に生きるのを護るための証でもあるのです。」

 アヤ!母はお前につき従おう,皆の者,宮が地へ降りるのに備えよ。——測量士殿は——アヤの視線に気づいてそちらを見遣ると,測量士が右手を軽くあげた。おそらく別れの挨拶だったのだろう。その刹那,測量士の姿は忽然と消えた。

 宮が静かに地へ降りようとしていた。

冒険のはじまり

 また白銀の大地か。ここはモンスターの出現率が高く,レベルもまちまちなので踏み入らないように気をつけてきたんだけれど。斥候役のペティがまた悪戯心を起こしたみたいだ。やれやれ困ったものだ。先手を打たないと,またあの人が——

 「おい,また白銀だぞ,どうなってる?この前,スプラウトにエンカウンターくらったばかりだろ。ここはヤバイって知ってて連れて来てんのか?ふざけんなよ,ペティ!おい,ペティ!」

 やっぱりチャイナさんが大声で叫びはじめた。もういつものことなのに。ねえ,チャイナさん,あんまり騒がないでください。そんなに大きな声を出すと,またモンスターに気づかれて先回りされてしまいますよ。

 「あらあら,また小競り合い?大変ねえ。そんなに騒いでは陣形も乱れますよって,まあ,あってないような陣形ですから,整えようもありませんね,くす。」

 斜め上を浮遊しながら,シーズニングさんが皮肉を込めてせせら笑う。

 「お前,喧嘩売ってんのか,シーズン!首根っこを引き抜くぞ!いつもいつも,そんな風に斜め上から小馬鹿にしやがって,さあ,今日こそ降りて来やがれ!俺様が決着つけてやる!」

 チャイナが鼻息も荒く息巻く。やれやれ,いつもこうだ。チームワークって概念がないんですね。まったく。喧嘩をしている暇があったら,周囲感知能力を少し高めておいて欲しいんですけど。——

 ——タジンは数週間前のキュッヒェでの出来事を思い出していた。

 

 「集いし仲間は数あれど,伝え聞きし栄え,いまだ成就せず。」銘の刻まれた白亜の大門を開くと,仲間を求める者たちの発する声が,あちこちで乱反射する喧騒に放り込まれた。

 光り物の眷属,器の眷属,液の眷属が,所せましと押し合いへし合いをしている。仲間の交渉なのだろう。そうかと思えば,入ってくる者を値踏みする鋭い視線を隅から放っている者もある。ここはいつ来ても慣れないし,落ち着かない。

 キュッヒェのまとめ役ジップを探して,近くの棚に近づいた。向こうも気づいたらしく横長の口を開いて挨拶してきた。

 「よう,タジンか。久しいな。前の仲間はどうした?」

 語るに値しない最後ですよ。固いチシャにスライサーが巻き込まれ,グレイターの棘が無効にされたんです。ほうほうの体で逃げ出したんですが,気づいたらぼく一人です。術を使う暇もありませんでした。チシャならぼくの術だけでも大丈夫だったんですけど。

 「まあ,あんまりパーティバランスは良くなかったな。とくに光り物の眷属は。揃え方を考えないと,モンスターによってはまったく歯が立たなくなる。」ジップは大きな口を閉めたり開いたりしながらつぶやいた。

 それは分かっています。分かっているつもりです。今回はその辺りをきちんと考慮して組みます。だれか,仲間を探している人はいませんか。編成は,光り物の眷属二人を希望します。あとは途中ででも見つけます。

 「それならちょうど良い。はぐれ者が二人いたんだよ。一人は斥候役を得意とするんだが,どうも危険に自ら突っ込むタイプで,一匹狼を決め込んでいる。で,もう一人は,光り物の眷属ではかなりの名家の出なんだが,万能型ではない。本人は万能型だと自慢してるがね。」

 ジップは何かに気づいたのか,横長の口をきゅうっと引き締めた。振り返ると,巨大な光り物の眷属が,知らないうちに背後に立っていた。かなりの広刃だ。キュッヒェの暗い光をすべて反射したのでタジンは目が眩んだ。

 「おいおい,まとめ役だからって,勝手に人のことを吹聴してもらっちゃあ困るなあ,よお。」その眷属は大ぶりな刃に似つかわしい大きな声でどなった。

 ジップが限界にしぼった口からピューと高い音を立てた。

 「こいつはチャイナって呼ばれてる。見ての通りの大ぶりものだ。何かと役にたつ——いや,とても優れた眷属の末裔だよ。伝説の眷属の,さ!」

 タジンは小さくよろしくと挨拶の言葉を言おうとしたが,チャイナと呼ばれる眷属がそれを遮った。

 「俺様に目を止めるたあ,たいした眼力の持ち主だ。お前,みたところ器の眷属か。ちょいと失礼——」広刃の先を軽くタジンの胴に当てた。向こうはそのつもりだっただろうが,タジンはよろめいて危うく転げそうになった。

 な,何をするんです。ヒビでも入ったらどうしてくれるんです。タジンが動揺しながらどうにか吐き出した言葉を,聞いてるのか聞いてないのか,

 「なかなか良い器じゃないか。見た目は脆そうだが,その響きだとかなりの強度も備えているみたいだな。よし,俺様の仲間に加えてやろう。俺様はチャイナだ。」

 ち,ちょっと待ってください。まだぼくは何も言っていません。仲間にするかどうかは,今度はゆっくり決め——そのとき,近くの棚の脇でゲラゲラと笑う声が聞こえた。その笑い声が自分に向けられたと思ったチャイナの広刃がギラリと光った。

 「おお,おっかない,おっかない。広刃のチャイナって旦那のことだったんだ。「悪魔の舌」相手にずいぶん苦戦したとか聞いていたが,その広刃じゃあ,さぞ大変だったでしょ。なにせ相手はぬるんぬるんときてる,もっと鋭くないとねえ。」

 声の主は面白がっているのか,それとも挑発しているのか,いずれとも判断し難かった。だが,チャイナの方は怒りが沸点になったとみえ,広刃が灼熱の色にだんだん染まっていった。

 「おい!誰だ,出てこい!見えねえところから俺様を馬鹿にするなんぞ,他の奴らが許しても,この広刃が許さねえ,目にもの見せてやる!さあ,出てこい!」

 これは一悶着起きるぞ,とキュッヒェにいた連中が集まってきた。ジップは,と見ると,棚の奥で体をできるだけ平べったくして「我知らず」を決め込んでいる。——ねえ,お願いです,ここで喧嘩はやめてください——

 「おっと,そんなにカッカしないでくれよ,旦那。「悪魔の舌」,別名「象の脚」は,光り物の眷属といえど,よほどのレベルがないと倒せないのは百も承知。俺はそんな無謀とも言える戦いをしたお方を御覧じたくて,こうしてやって来たんで。」

 声はあいからわず軽妙洒脱だ。どうやら本当に面白がっているようだ。チャイナは「無謀とも言える戦い」を履き違えて,「なんとも勇敢な戦い」と思ったらしく,今度は広刃を嬉しそうにキラキラさせた。——感情が表に出る性格らしい。

 「というわけで,俺も連れてってくれないかな。器の旦那。チャイナの旦那と旅するのは面白そうだ。おっと,紹介が遅れた。俺は光の眷属が一士ペテイ。どうぞお見知りおきを。」そう言って棚の上に現れたのは,小ぶりながらその鋭さで名を馳せた「走りのペティ」だった。

 おいおい,何だか勝手に仲間が決まっていくぞ。これでは互いの長所の調整や短所のすり合わせなどあったものじゃない。また誰かがヤられて敗走の目に遭わないとも限らない。——

 

 ——器の旦那,来ましたぜ。ペテイの声が響いた。チャイナが待ってましたとギラギラ光る広刃を備える。白銀の大地が激しく揺れた,マーリンスーよりもずっと大きな何かが来る——地平線の先に緑と黄色がまじった分厚そうな皮が見えた。あれは……

 「おっと,旦那,ありゃあ固いぜ。属性はわからないが,見たところどうやらナンキンの仲間らしい。どうします。」

 ナンキン!「悪魔の舌」とは違う意味で,光の眷属を苦しめるあのナンキンか!固い表皮もそうだが,肉もずいぶん固いと聞いたことがある。よりによってこんなところで出くわそうとは……

 「あらまあ,ナンキン!あれは固いわねえ。チャイナちゃんの広刃でもどうかしら,難しいかしらね,くす。タジンちゃん,何か秘策はあるの?」斜め上からシーズニングがからかうように囁いた。

 たしかにこのままではどうしようもない。チャイナの広刃は威力があるが,小回りが効かない。一振りできても,貫通できなければあれに押しつぶされる。あの大きささえ何とかなれば——そうか——

 「チャイナさん,渾身の「かち割り」をかましてやってください。ペティは下に回り込んで,チャイナさんの一撃を「逆刃切り」で受けてくれ。あとは,ぼくが器に入れるので,シーズニングさんはエンをお願いします!」

 おう!あいよ!ようござんすよ。それぞれ作戦を受け入れてくれたようで,配置についた。ナンキンが白銀の大地をこちらへゆっくり迫ってくる。大地がさらに大きく揺れはじめた。——もう少し,もう少し引きつけて——

 「チャイナさん,ペテイ,今です!」掛け声と同時に,チャイナの広刃がナンキンのはるか高みで半円を描いて振り下ろされた。と,早くも下に回っていたペティがその広刃の圧を逆刃で受け止める。ずずん,と大きな音がして,ナンキンは見事に真っ二つになった。——こちらも行きます!と浮かんでいるシーズニングに合図を送った。

 ナンキンの半身を器におさめ,急激に熱を込める準備をする。そこへシーズニングがエンを放った。器に熱を込めると,中に入れられたナンキンはプシューと呻いて,その肉がみるみる柔らかくなり,縮んでいった。——これがエンの力か——

 

 ——「おやまあ,何だか面白そうねえ。光り物の眷属のまったく違うタイプが二人,それに,おや,あなたは新顔の器の眷属ね。昔の土の系譜を思わせるわね。それでいて熱を巧みに操る,ほんとに面白そうだわ。」

 チャイナとペティを取り巻いている,その斜め上で声がした。どこの眷属なのだろう。色とりどりでしかも浮かんでいる。液の眷属ではない。調の眷属に似ていなくもないが——

 「あら,そんな困った顔をしちゃあいやねえ。あたしは粒の眷属,シーズニングよ。ウェストエンドから来たから,あたしもあなたと同じ新顔ねえ。面白そうだから,あたしもついていくわ。」シーズニングという粒の眷属は,ほほほと笑った。

 「おい,お前,そのつぶつぶした奴,お前は何ができるんだ!浮かんで高みの見物か?役に立たな奴はごめんだね。どうせ危険になったら,一目散に飛んで逃げるんだろ,おい!」チャイナが広刃をまたギラリと光らせた。

 シーズニングは少し真剣な顔をした。

 「あんた,知らないみたいね。これまで粒の眷属に出会ったことがなかったのかしら。あたしが粒をふるえば,あんたの広刃もすぐにくすんで錆だらけよ。少し試してみる?でも,錆がでちゃったら自慢の広刃も台無しねえ,くす。」

 粒の眷属。ウェストエンド。聞いたことがある。さまざまな属性の粒を使いこなす。それはモンスターにも,こちらの眷属の側にも作用する力を持つと言う。

 「チャイナさん,お願いです。ここはぼくに免じて広刃を収めてください。あのシーズニングさんの力は,光の眷属にも,ぼくら器の眷属にも影響を及ぼすと聞いたことがあります。お願いします!」チャイナは不服そうだったが,シーズニングの不敵な顔に感じるところがあったのか,広刃を収めてくれた。

 「そうそう,いい子ねえ。器のぼくも,なかなかの判断じゃない。気に入ったわ。」——

 

 ——エン,水分を抜く力,光の眷属の酸化を促す力。ぼくの器の熱との相乗効果でその力は倍以上になる。これではモンスターもひとたまりもない。器を開けると,ナンキンの半身は三分の一以下になっていた。——これで残りの半身も——

 「よっしゃあ,ナンキンをぶっ倒してやったぞ!俺様の「かち割り」を見たか!あれでナンキンはイチコロだったな!」「いえいえ,俺が下にまわり込んで逆刃を構えていたから真っ二つにできたんですよ。」チャイナもペティも譲らない。斜め上では,シーズニングが二人のやり取りをニヤニヤしながら見ている。やれやれ。

 チームワークとはとても言えないけれど,まあ,こうしてぼくらの冒険は始まった。