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fumi_saeki’s blog

とらのあなほど厳しくはないどころかゆるゆるの文章修行道場にするつもりです。

地のもの

フシに呼び出されたセキの前に,焚物を手にした怪し(あやし)の者が侍(じ)の間に鎮座している。綿毛のような柔らかい衣肌(きぬはだ)の,木朽葉色に似た色の被り(かむり)。その上から白布を額に巻いている。首から下も同じ色の衣をまとい,腰帯で締め…

糸巻コト

その門をくぐるのは二度目だった。一度目のときに期待していた桜は,遅くまで居座った寒波のせいで,満開とはいかなかったのだった。——写真を撮ったのはあの辺りか。入学してから,あいつはよく帰省したものだ。正月,ゴールデンウィーク,お盆。いつ頃から…

測りごと

——方位を読み,風を読む,これオミの生業なり 方位を読み,風を読むとは,地の働きを読むの意なり—— 卜師に示された方角を失わぬよう,オミのシは揺れ動く方向鉄(がね)の粒を常に感覚で追っていた。風は鉄粒が集まるのと真逆から吹いている。シの父ケンの…

境界石

測量士を,測量士を早く呼ばなくては。 宮(みや)の中心丘に立って,どす黒い,底の知れない虚ろを見下ろしながら,セキは焦っていた。このままでは,どこに歪(ひず)みが生じるか,知れたことではない。 「フミ」が教えるところでは,このようなことはか…

失う

まっすぐに歩いていたはずだ。それなのに戻れない。 いざとなればと考えて,アメリカのグリーンカードを取得しようとする人が多いんです。 『プライベート・ライアン』を観る前に,彼女は非難を込めて言った。当時は台湾海峡の軍事的緊張が高まっていた時期…

アスタリスクの亡霊

重要な英単語の左上についていた記号を見て,星野佑は授業中なのに「あ」と声を上げそうになった。それは幼馴染の「お祖母様」が,襖の向こうで青い紙に浮かび上がらせた印に似ていたからだ。 金色の印。描かれたようなのに,生きているみたいに揺れる不思議…

そして人は反社会分子となりぬ

草野オダマキの記憶は,祖母ボリジの黒ずんだ爪で剥かれた無花果の熟れたドロドロの実ではじまる。 口に含むとき,祖母ボリジは「かぶれるから,口の端につかないように」と,毎回つぶやいた。その儀式は,草野オダマキが,庭で孤独に伸びながら揚羽蝶の幼虫…

歪み

自らの望んだ人生を,そっくりそのまま完全に手に入れられる人間は多くない。多かれ少なかれ「失敗」した経験を持つ者は,人生を振り返り,「どこで自分は間違えたのか」自問する。 この紋切り型の問題設定は,「人生が選択肢からできいていて,それを人は主…

観察

売れない詩人のニクトがありきたりの「愛」を表すのにどのようなメタファー使うか考えているちょうどその頃,クトシュはこの世で自分が一番すてきだと思う言葉は「愛」だと恋人に電話で伝えた。 電話口でその言葉を聞いたフシェフチーはマドレーヌの焼き加減…

ぷつぷつの終わり

フィーノで魂を奪われてからというもの,佑は寝るのが怖くなった。ただでさえ内部が空洞になっている,意識まで失えば,二度とその空っぽの体で動けなくなると思ったからだ。だが,そんな不安とは裏腹に,睡眠程度ならば「戻ってこれる」ことを,一睡もせず…

星野佑

「最後に,物語に潜む危険について話しておきましょう。先ほどから何度も申し上げたとおり,物語とは何かについて語る行為,あるいは,語られた事柄の総体です。それは同音異義語の騙り,つまり,だます行為,もしくは恣意的に作り出された事柄とつながりま…

トランシーゴ

汚れたテレビが昨晩のテロを報道している。ときおり横線の入る荒い画像に映るのは,繰り返される爆発の瞬間だ。無音の画面のテロップを横目で追いながら,カーテンのない窓ガラス越しにオレンジ色に染まる夜景を見ていた。 ヤシのような背の高い植物が,歩道…

星野瞳

最近の若い娘(こ)ってあんまりしゃべらないものなの?うちは男世帯みたいなものだから,女の子のことはよく分からなくて。え,息子が二人もいて,二人とも無口でねえ。うちにいた時もほとんど口をきかなかったけど,下宿してからは連絡もしなくなって。つ…

甲田刑事

生卵を電子レンジにかけてチンしたみたいだな。マイクロ波か何か知らないが,内側の細胞同士を振動させて加熱,時間を間違えて炸裂させたみたいだ。 ゲンジョウを見ながら,甲田は思った。散弾銃でもないし,ましてや普通の銃器で「できる」もんじゃない。手…

ぷつぷつ

ぷつぷつという音はいつまでたっても止まない。 ドラマもメディアも「家庭内暴力」ばかり取り上げた1970年代。よくある住宅に住んでいた私たちも,この言葉に毎日触れていた。 中学生の息子たちは,ことあるごとに,拳で,足で,壁という壁に憤懣をぶつけた…

サワコの雪男

サワコから,披露宴の招待状が届いた。彼氏とかそういう恋愛話と,まったく結びつかないイメージだったサワコがいつの間に,というのが私が最初に思ったことだった。 大学のUMAサークルで知り合ったとき,サワコは赤いチェックのネルシャツに,細身のデニム…

キューピー100パーセントライター

クニヒコさんはとにかく唐突だ。この前もいつものように,眠い目をこすりこすりお弁当を作っていたら,「今日,金沢に出張だから駅弁ですますよ」って涼しい顔で言って,私がようやく事情を飲み込む頃には,タバコをスパスパさせながら,玄関から早足で出て…

男の鮮血

ニイちゃん,それな十日うたれる前に出られるで。傷害はな,相手の診断書が必要やねん。ニイちゃん押しただけなんやろ。それに手ぇはたいて相手の携帯落としたくらいやったら器物損壊にもならへん。すぐに弁護士に連絡とって弁償しといたらエエ。 周りからは…

日本語キラー

ウラジミールのことはほんたうにおもしろい。彼について語りはじめるとき,たぶんこんな風に書くと,ウラジミール本人も喜んでくれるとぼくは確信している。 すっかり風雪に鍛え上げられたと思しきその風貌で,ラスコーリニコフが送られた時代のシベリアを思…

あしのない鳥

そうでなくとも人が上に乗ることを想定されていない白塗りのアルミ製の手すりは,通常かかっている引力に加え,60キロほど下向きのベクトルでもって加重され,いまや南向きのアパート二階に何とか固定されている短いボルトを,秒速20メートルの初速で排出し…

甘露煮ぐるぐる

ねえ,モンブラン美味しかった?美味しかったんでしょ,ずっと君に合うのを探してきたんだよ。栗のクリーミーな。栗だけに(笑)。感じがすごいでしょ。舌にまとわりつくっていうのかな。チューしてる感じ(笑)。そう,気に入ってくれたんだ,すごく嬉しい…

窓の向こうで降る雨(1)

沢木と別れる少し前,楓はまだ返していなかった合鍵をつかってこっそり部屋に入った。神経質な沢木はいつもみたくアイマスクに耳栓をして寝ていた。そのベッドの隣に下着姿で滑り込んでくっついたら,沢木の無精髭が頬にちくちくした。 お前,驚かすなよ。い…

夜の川送り

ナツはほんとにお魚さんがすきだね。 父のことをふと思い出すとき,この言葉が耳の深いところから聞こえてくる気がする。低いけど,太くなくて,すこしか細いような声。 雪が降りしきるなかでも魚が見たいというわたしを,家の近くの橋まで抱っこしていって…

とあるくだらないできごと

中華鍋が大きなガスコンロやおたまにあたる金属音が響くなかで,およそその場には馴染まない会話が聞こえてくる。二人の女性が,「嫌なあのクソデブ」,同じ会社の上司のことだろうが,をいかにしてなぶり殺すか,あれやこれやアイデアを交わしている。 ペー…

花粉症

昭和真っ盛りの里山に育ったぼくらにとって,公式の遊びは野球とかドッヂボールのような校庭を利用した一種のマススポーツだった。少なくとも三人は集めないと成立条件が整わないから,下校前には人員募集をかけるのだが,もちろん毎回成功するとはかぎらな…