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fumi_saeki’s blog

物語の試作品をあげています。

夜の川送り

 ナツはほんとにお魚さんがすきだね。

 父のことをふと思い出すとき,この言葉が耳の深いところから聞こえてくる気がする。低いけど,太くなくて,すこしか細いような声。

 雪が降りしきるなかでも魚が見たいというわたしを,家の近くの橋まで抱っこしていってくれた。その腕が記憶よりもすごくがっしりしていたのに気づいたのは,はじめてサトシに抱かれたときだった。

 川のお魚さんはね,寒いと動かなくなるんだよ。ほら,あの白い鯉を見てごらん,しっぽをゆっくり動かしてるだけだね。食べ物をあげたって食べやしないんだよ。

 綿のたくさんつまった冬着にくるまれて,わたしは橋の下で寄り添うようにゆらゆらしている,赤や黄色や白の大きなかたまりをじっと見ていた。

 父は海,とくに夏の海が好きだったようだ。わたしの名前,夏実の「夏」もそこからもらったんだよ,とのんびり教えてくれたことがある。じゃあ,なんで夏海にしなかったの,とたずねたら,それじゃあそのまますぎるって母さんが反対したんだ,とこれも語尾をのばすように答えてくれた。

 そんな父と海に行くのは,決まって魚を釣るためだった。泳ぎに行った記憶はほとんどない。家族での海水浴なんてしないんだから,と母はいつもぼやいていた。堤防のうえでサビキをつけて,小さいオキアミを撒いて魚を寄せる。アジや小ぶりのタイがきらきらと揚がってくる。フグはコンクリートのうえでふくれっ面をしてわたしを笑わせてくれた。

 わたしは海よりも川の方が,どちらかと言えばすきだった。海の魚はすごくたくさん群れで泳いでいて,寄せ餌に集まるさまを見ていると,なんだか忙しそうな気がした。川も夏は,水面を飛ぶ羽虫をもとめて小魚が飛び交うけど,茜色を背景にするとお祭り囃子みたいだった。それに下流になるとゆったりして,魚も一匹一匹がのんびり泳いでいる。

 春の鮒の「のっこみ」は見たことがなかったけれど,秋のススキの間にひそんで浮子の動きを静かに待つ鯉釣りには,父はよく連れて行ってくれた。「いいかい,ナツ,浮子がぎゅーって沈むと鯉がかかってる。つんつんってするのはフナだからね。」

 父の言うように,鯉は吹き荒れる風のようにセルロイドの棒を引っ張っていった。鮒は食べるのをためらうかのように,少しずつ餌をかじってわたしを苦戦させた。「ははは,もう少し我慢しなきゃフナは釣れないよ。でも,待ちすぎても餌が落ちちゃうし,早すぎると針が掛からない。」うまく合わせられないのに,どうして笑うんだろうと,わたしはぷりぷりしたが,怒れば怒るほど,父にはそれが微笑ましいみたいだった。

 中学生の時,こわい先輩たちに勧誘されてソフトテニス部に入ったが,中途半端な硬さの球を追いかけたり打ったりするより,深緑色の水の中に潜んでいる魚を狙う方がずっと好きだった。練習をズル休みして,折りたたみの釣竿を片手に自転車にのっているのを見つかって,あやうく部員総出のいじめに遭うところだった。

 ナツの魚好きにはまいったなあ。中学校のPTAの役員もしていた父は,サボりを叱るでもなく,またのんびりした調子でわたしを諭した。「三年生になったら部活を辞めても良いから,今だけは辛抱して練習に出ること。大きな鯉を釣るのだってじっと待つよね。」わたしの味方になってくれたのは,娘だからという理由だけではなかった気がする。魚釣りの魔力を教えたのは自分の責任であると思っていたのかもしれない。

 三年生の夏,補習の合間をぬって出かけた近場の堤の釣りから帰る時のことだ。太陽は頭上にあって,ゴムでまとめた髪を容赦なく照りつけていた。拭いても拭いても汗が出て,道路の反射熱に少しめまいを覚えながら,自転車のペダルをこいだ。家の周りに珍しく人だかりができていた。近隣の住民が,草刈りや収穫をひと段落して集まったらしい。

 どこからともなく,三軒隣のおばあさんが裏の川で浮かんでいるのを発見されたらしいと聞こえてきた。気がつくと,消防団の人たちが,袋のようなものに包まれた塊を,木製の単純な担架に乗せて運んできた。ひそひそ話とすすり声にまじって,紺色の制服を着た父の姿が見えた。訓練に汗を流す姿とは別の,また,家での間延びしたような様子ではない,わたしの知らない険しい表情をしていた。

 高校受験に合格したわたしは,なぜか進学コースに入れられ,魚から,川から遠ざかるようになった。周りの子たちも,ファッションや恋愛,ドラマに夢中だったから,勉強の合間に雑誌を回し読みしながら,何が流行っているか情報交換に忙しかった。定期試験のたびごとに,自分は勉強していないと中身のないウソをつくのにも慣れてきた。

 この頃,祖母の体調がめっきり悪くなり,季節ごとの行事を母とわたしで取り仕切るようになった。消防署長を勤め上げようとしていた父には,周りの人たちの強い勧めで議員への立候補の話があがっていた。付き合いだからと母は言っていたが,遅く帰宅することが多くなるのを心配していた。朝を共にする父は,相変わらず物腰は柔らかかったが,あの一緒に魚釣りに行ったときのような父ではなくなってしまったような気がした。

 また夏を迎え,お盆飾りをしながら,珍しく一日家にいた父に縁側でビールを注いでいたとき,父は言った。「なあ,ナツと最初に魚釣りに行ったのはいつだったかな。」あれは,わたしが初めて小ぶりの鯉を釣り上げて,おまけに亀も釣ったときのことだ。父が亀は縁起が良いからと,家に持って帰ると日本酒を飲まして逃したんだっけ。亀まで釣るとは,これはいよいよ釣り師か漁師だなと冗談交じりで父は笑っていた。

 お父さん,わたし覚えているよ,と答えようとしたが,ふと見ると父は遠い目をして,隣の家を囲っている竹やぶの向こうを見ているようだった。その竹やぶの先にはよく魚釣りにいった低い堤防があり,夜物音がしなくなると代わりに低くごうごうと吼えていた。そういえば,その頃から父の白髪は増え,それと真反対に言葉は減っていったのだと思う。

 祖母の指示を聞きながら,母と二人で馬と牛を作る。「馬は早くお家に帰ってこられるように,牛はゆっくり戻られるように」。父が朝の畑で選んだきゅうりと茄子におがらを挿しながら,そういえばお盆が済んだら,お飾りや馬なんかはどこへやるんだろう。母が言った。ここらではね,戻られるときにお供え物と一緒に深夜に川に流すんだよ。今度からはお母さんとお前で行くからね。

 祖母は母の言葉をついで,秘密でも話すように言った。「戻ってもらうときにはね,絶対に一人で川に行ってはダメなんだよ。」どうして,おばあちゃん。お母さんも遅くは大変だし,わたし一人で大丈夫だよ。「夏実や,お前も一緒に連れて行かれてしまうんだよ,一人だと」。どこへ連れてかれるの。遠く暗いところだよ。わたしはなぜか夜の暗い川の音を思い出していた。

 わたしが高校二年生のとき,父の親友で議員の話を積極的に進めていた中川のおじさんが自殺した。自宅のトイレで,猟銃をくわえて引き金をひいたらしい。口さがない人たちは,家族が散らばった肉片を一生懸命かき集める様子を,まるで見てきたかのように話して回った。父は何も言わなかったし,張り付いてしまった表情からは何も読めなかった。議員の話はそれ以来,誰も話さなくなった。

 久しぶりに魚釣りに行こうよ,とでも声をかけたら良かったのだろうか。今もあの頃を思い出すと気道が狭くなるような気がする。それなりに高校生活は大変だったけど,やっぱりどこかお気楽で,人生など,人の生き死になど真剣に考えたことのないわたしには,父がそのときに何を思っていたのか分かりようもなかった。

 次の年のお盆,ふらっとタバコを買いに出かけた父はそのまま帰らなかった。ツテをたどって懸命に探したし,警察にも届け出たが,消息は一切分からなかった。父が乗っていた車はそのままだったことから,そう遠くないところに行ったのだろうと推測されたが,三日経っても一週間経っても父は帰ってこなかったし,それらしい姿も目撃されなかった。

 父が議員になるのに反対していた人たちが,失踪の原因をあれこれ噂して,ずいぶん辛い思いをしたと,のちに母は教えてくれたが,わたしは,またのんびりした口調で「遅れたよ,ただいま」と玄関先に父が現れるような気がしてならなかった。

 父が「出かけて」二日目,送り火を焚いて,わたしは二度目の精霊流しをした。暗い堤防の脇には砂が盛ってあり,たくさんの線香が赤く点々と燃えていた。水の低い音は堤防の下に落ちるときに,いつもは遠くで聞いていた吼えるような声に変わった。そこかしこに,ひっかかったお盆飾りが花を散らしたように澱んでいた。あの夏の暑い日,おばあさんもこんな風に浮かんでいたのだろうか。

 今年,父が「出かけて」十年になる。地元の金融機関に就職したわたしは,あれだけ好きだった魚釣りも,川のことも誰にも話していない。サトシは物入れの隅にある釣竿が気になっているみたいだけど,わたしはずっと適当にごまかしている。