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fumi_saeki’s blog

物語の試作品をあげています。

日本語キラー

 ウラジミールのことはほんたうにおもしろい。彼について語りはじめるとき,たぶんこんな風に書くと,ウラジミール本人も喜んでくれるとぼくは確信している。

 すっかり風雪に鍛え上げられたと思しきその風貌で,ラスコーリニコフが送られた時代のシベリアを思わせたウラジミールは,聞いてみたらエカテリンブルク出身だった。体は絞りあげられていたが,単に腸内細菌の数が人よりも多く,剃り上げられたような角ばった顔は祖父の遺伝との話だった。

 日本のウオトカはまずいと居酒屋でぼやきながら,そのうえ年齢がぼくの一つ上だと教えられたときには,ぼくはアジア人もうまく区別できないが,ロシア人も同じく分からないものだなと,変な感慨にふけった。

 大学の日本語学科の留学生だったウラジミールは,当初中島敦を研究していた。「ロシアと中島敦なんて聞いたことないけど」というぼくに,日本通の祖母が日本文学をするなら中島以外にいない,とアドバイスしてくれたと答えた。

 その祖母によればキリル文字と漢字の起源には,歴史でたどれないくらいの神秘的なつながりがあるのだそうで,彼女いわく東ローマ教会が布教するにあたって,メトディウスは来日していたという。おそらく東欧史に絶対に記述されていないこの「事実」は,ありがたい「恩寵の秘蹟」に属するとまで言われれば,ぼくには反論のしようもない。

 だが,一年も経たないうちにその「恩寵の秘蹟」に自分は預かれないとウラジミールは悟ったらしい。輸入雑貨店でなぜかポーランドウオッカを買って来たと,ぼくのアパートに突然やってきて,彼は落涙にむせびながら自分の「不信心」を嘆いた。聞けば「漢字が難しく,しかも多すぎる」とのこと。

 中島の『古譚』や南洋庁時代に取材した作品を読めば,と勧めたが,同じ学科の友人は,日本人ならたいてい『李陵』や『山月記』は読んでいるぞ,と当然至極のように断言したらしい。自分は神に見放されたばかりか,祖国と日本の「大切な」結びつきにも突き放されたと,鮭とばを熊のようにかじりながらウラジミールは叫んだ。

 そんなウラジミールが次に来たときには,なぜか三ツ矢サイダーの瓶を13本,破れそうなビニール袋のなかでガチャガチャ言わせながら現れた。とうとう自分のなすべき研究対象が決まった,と開口一番,金色のひげを自慢するかのようにあごを突き出して宣言した。日本人の魂,それは宮沢賢治だ,と居合抜きの達人のおじいさん(彼の友人関係は実に広い,とぼくは唸らざるをえなかった)が,彼に抹茶を点てながら「名人のたたずまい」で話したそうだ。

 魂とは言いすぎな気がしたが,中島敦が原因で日本にもおれず,かといってロシアに帰れなくなりそうだったウラジミールが,トルストイの作品ばりに「復活」したのだから,良しとすることにした。詩や仏教用語が混じる作品を除けば,まあキリル文字誕生の「秘蹟」である漢字に苦労することはあるまい。日本語のあの独特なリズムも,草木悉皆成仏的なエコロジー概念も,ロシア人留学生として研究するのも悪くなかろう。

 その宣言から半年ほど経ったときだったろうか,ウラジミールから古い平仮名が多用されたメールが届いた。「おげんきでせうか」で始まる長文である。その内容をごくごく大雑把にまとめると,つまるところ宮沢賢治にも「はうてきされました」というのである。文学に疎いぼくでも知っているほどだから,愛好家ならば手放しで絶賛するであろうあの独特の日本語が今度は彼を「おそろしひほど」苦しめたらしい。「宮澤せんせひの「おもしろい」」がてんで理解不能だというのだ。

 たしかにあれは,いわゆる「面白い」とも,「趣がある」とも違う。どちらかといえば英語の「interesting」やドイツ語の「interessant」に近いような気がした。そうアドバイスすれば解決しそうなものだが,ウラジミールの苦悩は言い換えや置き換えによる理解で解消されるものではなく,宮沢賢治の語感でそれを実感したいというところによる。拙くパラフレーズするなら,その願いはパロールを,それを発話した者のそのときの境地から理解するという,とてつもない願い,とでもなろうか。

 宮沢賢治であれ,いわゆる名を残す作家がそのとき何を考えていたかなぞ,おそらく作家自身にも分からないことが多いのではないか。だが,ウラジミールの悩みは思いの外ふかく,ついにはその悩みをして彼を大学の外へ「はうてき」するに至った。三ツ矢サイダーの広告で宮沢賢治のエピソードが使われるようになり,あのときウラジミールがウオトカではなくて,三ツ矢サイダーを持ってきた理由がようやく判明した頃,一枚のメモがアパートの郵便受けに入っていた。非常にシンプルなメッセージだった。「之迄本黨二有難ウ御座ヒマシタ」。

 先日,すでにブームが下火になった総合格闘技の,火付け役とも言える地下格闘技がたまたま衛星放送で流れていた。相変わらず荒い画像に(携帯でも動画がきれいに撮れるこの時代に,いったいどんなカメラを使っているのだろう),聞いたことのないさまざまな流派が,B級映画もかくあらんかという低レベルの争いをしていた。馬虎拳と身業一体術が激突し,馬虎拳の飛び肘落としが身業一体術の背面裏面拳にたまたまカウンターであたり勝利をおさめていた。

 と,どこかで見たことのある外国人が網で囲まれたリングに登場した。リングネームは「日本語キラー」。ぴちぴちのタンクトップには表に「人虎伝」,裏に「はるのしゅら」とペンキで書いてあった。なんとウラジミールは総合格闘技に,しかも地下の総合格闘技に参加し,今なお日本語と格闘していたのだ。相手のタイガーカンフー拳を「秘技よだかの星」で(そう彼はふつうにパンチを出すとき叫び,レフリーがカウントを取っているのに合掌をしていた)倒したとき,そう実感した。

 ほんたうにウラジミールのことはおもしろひ。「宮澤せんせひ」もこの一ロシア人に関してはそうつぶやくのではないか。そんな気がした。