fumi_saeki’s blog

物語の試作品をあげています。

糸巻コト

 その門をくぐるのは二度目だった。一度目のときに期待していた桜は,遅くまで居座った寒波のせいで,満開とはいかなかったのだった。——写真を撮ったのはあの辺りか。入学してから,あいつはよく帰省したものだ。正月,ゴールデンウィーク,お盆。いつ頃からだろう,帰省はおろか,連絡をしても出ず,荷物を送っても返送し始めたのは。

 自分が卒業した地方の総合大学に比べると, この大学の敷地は「こじんまり」している。昔病院だったのを改築したとかいう噂は,あいつが五月に帰省したときに口にしたことだったか。建物の密集具合は,たしかにそう思えなくもないな。共同研究室。懐かしい響きだ。「人文棟」の,あれの三階か。

 コンクリート打ちっ放しの建物の,入ってすぐ横に事務室があった。照会は正門で済ませていたので,ここでは用意された名札を渡されただけだった。名札を手にした事務員が,申し訳なさそうな表情で会釈した。その表情はここ一ヶ月以上,誰彼なく自分に見せたものだった。親族,警察,地域の住民,そして大学関係者。ノックして開けた三階の共同研究室は,自分の想像していたものよりもずっと清潔で空気が綺麗だった。

 「初めまして。ゼミを担当していた——している伸野と申します。この度は——」

 入り口で出迎えたのは,白髪の混じる,だが日焼けした顔は精悍な印象を与える男性だった。「この度は」——そうだ,あの表情,そしてこのフレーズ。悪気はない,いや,それどころか労り(いたわり)の言葉なのだが,釈然としない自分がいる。

 「私からお話できることをお伝えしても良いのですが,最近の学生さんは教員よりも先輩や友人と親しくしているものでして。飲み会を催すなどして何かと話す機会は設けているのですが,それにも参加しない学生さんが多く——」

 伸野という先生の主張は,つまるところ「友人や知人」の方が事情により詳しいのでは,ということらしい。自分たちの世代は,金がなくなっては教員をつかまえて「たかって」いたものだ。二十年も経つといろいろ変わる。ただ,そそくさとドアの外に消えた伸野の言い方は,自らの監督不行き届きではないと念を押すようにも感じられた。

 八畳くらいの縦長の空間の手前に白いテーブルがいくつか組み合わされている。それを取り囲むように四人ほど学生が座ってこちらを見ている。——この「先輩や友人」に知っていることを尋ねる,ということか。——みなさん,申し訳ありません,私どもも今回の件についてはまったく心当たりがなくて。警察には届け出ましたが,どうやら捜査は難しいようです。それでも自分たちでできることをと思い——

 「いえ,お話できることはすべてお話します,それでお役に立てるのでしたら。」静井です,と名乗った修士課程二回生の男子学生が切り出した。「みんなも,ね」と落ち着いて,他の者に促す口調からして,この中では年長者なのだろう。

 ありがとうございます。よろしくお願いします。ふだんの生活も把握していなかったものですから。あいつが,いえ,コトがどんな風にここで過ごしていたかだけでも分かると——

 「ぼくは学年的には彼の三つ上に当たります。学部生ではありませんから,今は修士論文に集中していまして,研究室に寄った時に挨拶を交わす程度です。ただ,一年前に勉強会をしたときは,話しをする機会がありました。」

 静井によると,あいつは同じ学科の学生とは少し変わった考え方をしていたという。勉強会で「ポリフォニー」という「一つの観点からではなくて,いろいろな側面から別の媒体で記録しようとする」——そう静井は説明した——学問用語を扱った会で,あいつは会の前提を否定するように,誰がどこから話しても「変わらない側面」があるのではと発言したそうだ。

 「このポリフォニーは記述対象を一元的な語りの力に委ねない,というこの学問の要諦——すみません,要はいろいろな側面から見ないと,社会や文化はきちんと書けないということです。それなのに彼は,本当に重大なことは,一つの圧倒的な側面しか持たない,と反論したんです。たしかに,ポリフォニーの手法はこの学問を批判する意味で,根底から揺るがしましたが——」

 あいつは頑固なところがありましたから,先輩に反論するとは,ご迷惑をおかけしたみたいですね。——幼い頃から何かにつけ自己主張が強かった。祖父もそうだったので,家系かと半ば諦めていた。大学に入ってからは,自分たち夫婦にはあまり見せなかったので,ようやく大人になったのものだと思っていたが,先輩に噛みつくとは。

 「いえ,そうではないんです。ぼくもその会の間は,ポリフォニーの重要性を理解していないのに,それに気づかずに反論したと思っていました。会の後に呑み行った先で,ぼくのところへ来て言ったんです,「先輩,ポリフォニーの重要性は分かっています。『ドストエフスキー詩学』は読んでいましたし。ですが,ぼくは思うんです。情報の提供者を変えても,変わらないような圧倒的な事実もあると。むしろその変わらなさに圧倒されるような事実が——」

 何かを書き記す一人の人物。その人の書いたことを補うような側面ではなくて,確認すれば確認するほど圧倒的になる事実。あいつは一体何を言ってるのか。静井の話の理屈は何となく分かる。代議士がテレビで発言した内容が,別の代議士たちの証言や資料によって補足されるようなもの。だが,あいつの「圧倒的な事実」というのは,分からない。

 「静井さんはああ言っていますが,ぼくの印象では,二回生のときはふつうに専攻の科目に打ち込んでいましたよ。学問史を扱う授業で取り上げられた著書とかには一通り目を通そうとするので,二回生なのにずいぶん真面目だなと思っていました。他の必修科目でも質問もたくさん受けましたし。」

 修士一回生の鴻巣という学生は,あいつがここに頻繁に出入りしていて,他に趣味はないのかと思うくらい熱心に勉強していた,と話した。これには他の学生もうなずいていた。意外だった。帰省しているときに,あいつが勉強している姿を見たことはない。少し時間をかけて朝刊を読む他は,自分についてきて野良仕事を手伝うか,母親の料理を手伝うか——そう言えば,野良作業や手伝いを嫌がった高校時代までとは人が変わったようだった——

 「三回生の後半じゃないですかね,静井さん。あ,静井さんは修論の準備で忙しかったんでした。ぼくもその頃は卒論に追われていたので詳しくはないのですが,雰囲気が変わったなと久しぶりに会って思いました。のめり込むような感じではなかったです。ここの学部では二回生で専攻を選ぶので,最初は興味があったのが,もしかしたら合わないと思うようになったのかもしれません。」

 鴻巣の話には自分にも思い当たるところがあった。教育の職に就きたくて苦虫を噛むように,現場とかけ離れた教職課程を修めた。だが,準備万端で向かった実習先で,よりによって当の現場で,自分の思い描いていた教育が甘い理想に過ぎなかったことを実感させられた。子どもたち一人一人に分け隔てなく接する,そんなこと自分にはできなかったのだ。お前もだったのか——

 「私は一つ下でしたので,鴻巣先輩の仰っていることは,少し分かります。私が二回生になったとき,人生初めての専門科目がすごく不安でした。一回生のときは共通教養科目と第二外国語ばかりでしたから,二回生になってシラバスを読んで,難しい言葉が並んでいるのを見て,これ自分にできるのかなと。でも,先輩が大丈夫,きちんと授業に出て教科書を読んでいれば分かるから,とアドバイスしてくれて——」

 先の二人の男子学生とは異なり,こちらに同情するような,いや,あいつの身を案じるような感じで,学部三回生の女子学生の進藤は付け加えた。短い言葉だったが,その口調からあいつが親身になったことがうかがえた——たしかに,あいつは妹想いだった。嫌な顔ひとつせず,読書感想文の添削をしてやったり,夏休みには自由研究を手伝ってやったりしていた。その妹とも同じ頃から音信不通だった。親を嫌うでも,妹を嫌うでもなかったはずだが——

 「でも,先輩,三回生の夏季休暇明けぐらいから,どこか近寄りがたい感じになったんです。話しかけにくいような空気というか,春学期はすごく親身になってくれたのに,何があったんだろうとは思っていました。同じ授業を受けていても,前だったら理詰めで,聞いていてすごいなあと思う意見を言われていましたが,先生から指名されても,どこかぼんやりされていて——」

 すみません,お話をうかがっていて,勉強や授業の態度はよく分かりました。ふだんの生活ではどうだったのでしょうか。たしかに勉強や授業もふだんの生活の一部ですが,大学の外ではどうだったのでしょう。先ほどもお伝えしたように,親ながら全然把握していなかったものですから。もしご存知でしたら,どうかお願いします。

 「ぼくはさっきお話したように,挨拶程度でしたし——」静井は問いかけるように語尾をのばしながら,一人ひとりの反応を目で追っていたが,その目をそれぞれがタスキでつなぐように一人また一人と回していった。最後にその目を受けた女性は困ったように下を向いた。

 どうやらあいつの私生活の面は,ここにいる先輩も後輩も知らないものと見える。やはり予定通りに下宿先を訪ねてみないと,あいつの大学以外の日常生活は見えてこないようだ。ひとまず,ここは辞してそちらへ向かおう。

 最後の質問に気まずくなったのか,静井が研究室を代表するように,「お役に立てずに申し訳ありませんでした。正直に申し上げますと,ぼくらは彼の大学での,それも勉強面でのことしか見てなかったような気がしました。今回の件がそれに関係あるのか分かりませんが,もし彼が何かに悩んでいたとしたら,それを把握しておくべきだったと思います。調査地で彼は——」

 無言で首を振って続く言葉を遮った。あなたたちに責任はない,と言いたかったが,やはりこれも釈然としなかった。今回はわざわざ本当にありがとうございました。自分どもも知らなかった面が知れて良かったです。深く会釈しながら,ただそう伝えるにとどめた。

 共同研究室を後手で閉め,ゆっくり階段を降りようとしていると「あの,すみません」と頭上で声がした。見上げると,あの最後に俯いた女子学生の顔が手すりから覗いていた。こちらが「なんでしょう」と尋ねる前に,その学生は駆け足で階段をこちらへと降りてきた。

 「あの,すみません,糸巻くんのことで,私,お父様にお話ししておかないといけないことがあるのです。あ,私は糸巻くんと同じ回生の大伴と言います。もしよろしければ,少しだけお時間いただけないでしょうか。ほんの少しで構いません。」——

 大伴という学生を前に,「フォワイエ」という大学内にある「カフェ」でコーヒーを飲んでいる。自分の学生の頃は,こうしたお洒落な喫茶室は構内になかった。間接照明にモダンジャズ。コーヒーカップも手作りの陶器のようだ。しかし,この学生,呼び止めたのは良いが,それから一言も話さない。どうしたのだろう。

 「お父様,糸巻くんに,彼女がいたこと,ご存知ですか?」

 彼女?高校時代に家に一度連れてきた沢木とかいう娘(こ)のことなら,知っていますが。」——

 「いえ,その沢木さんとは大学に入ってから別れたそうです。その後に付き合った陳(ちん)さんという方です。ここの交換留学生で,二回生の頃からお付き合いされていました。私も何度か一緒にご飯を食べに行ったりしたことがあります。日本語が上手で,三人のときは日本語を使っていました。」

 そうだったんですか。台湾の女性と。いえ,まったく知りませんでした。その陳さんという方がどうかしたんですか?——あいつの彼女。今回の件とは関係なさそうだが。まさか黙って台湾に行っているなどと言うのはあるまい。もしそうなら,完全に「一般家出人」だ。捜査は行われない——

 「昨年,台湾で起きた台湾大震災,「921大震災」とか「集集大震災」と呼ばれた震災をご存知ですよね。あの震災が起きた時,糸巻くん,台北にいたんです。」

 ——一瞬,いや,もう少しの間,言葉を失った。あいつが,あの大震災,あのビルがいたるところで倒壊する映像が流れた,あの震災に遭っていた……何も聞いていない,いや,すでにその頃には連絡が途絶えていた——あの,あいつは,あいつは無事だったのですか?

 「はい,彼女の家で被災したようですが,マンションは倒壊どころか,ヒビ程度で済んだようです。ただ……」大伴は顔を曇らせた。

 ただ,何でしょうか?怪我をしたとか,最近よく言われるPTSDとかですか?——思わず強い口調で尋ねてしまった。

 「先ほど,研究室で鴻巣さんと進藤さんが言っていた,糸巻くんが「変わった」のは,その後なんです……陳さんともあまり一緒にいなくなって,あるとき理由をきいてみたら「自分と他の人が,境界線のようなもので区分されていることがようやくわかった」みたいな,よく分からないことを言い出して……

 「それから一ヶ月くらい経って,陳さんと別れたと糸巻くんが授業終わりに教えてくれたので,励まそうと思ってご飯に誘ったんです。そうしたら,それなら呑みに行こうって——糸巻くん,お酒は強くなかったので,驚きました。でも,それで気が晴れるならと……

 「呑んでてもずっと無口で。やっぱり別れたのが辛かったのかと思っていたんです。それが,突然,自分は故郷喪失者だ,って大きな声で。びっくりしました。酔っ払ったのかなと思いました。でも,糸巻くん,なんか外国の小説から「故郷喪失者のタイプ」を抜き出して,それにも自分は当てはまらない,みたいな,よく分からない話をし始めたんです。それからです,みんなが言う「変わった」糸巻くんになったのは。」——

 コトは,自分の知らない間に台湾に行き,震災に遭い,彼女と別れ,「故郷喪失者」などと言い始めた。そして,それがコトを「変えた」。一連の出来事はつながりがあるのかもしれない。しかし,冷静に考えると,それが今回の件を引き起こした原因だとは考えにくい。大伴という学生の話にしたところで,それが「きっかけ」だとは思えない。コトの部屋を見回しながら,先ほどまでのことを思い返していた。

 と,六畳間の古い一室の右隅にある机の脇にメモ用紙が挟まれているのに気づいた。その紙面を見て,糸巻コトの父親はますます息子の「行方不明」の原因が分からなくなった。そこには,きちんとした字で次のように書かれていた。

 ——台湾の震災は一つのきっかけにすぎない。自分と居た場所を

   思い巡らすと,ぼくは,結局どこにも属していなかったのだ

   と感じざるを得ない。属す場所,居るべき場所を故郷と呼ぶ

   なら,ぼくには故郷が無い。いや,故郷はあった。とすれば,

   ぼくは故郷を失くしたのだろう。それなのに,どうして故郷

   を懐かしんだり,失くしたことを悲しんだりしないのだろう。

   故郷喪失者のほとんどは,故郷に想いを馳せるものだ。なら

   ば,ぼくはどのような故郷喪失者なのだろう。ぼくは父も母

   も,妹も故郷もろとも失った。それなのに,それなのになぜ——

 沢木の別れ際の「失礼な」言葉を思い出していた。

 「糸巻くんはあれから,虚ろで,なんか無機物のような感じになりました。こんな言葉,許してください。私,糸巻くんのこと好きだったから,本当はすごくショックだったんです。でも,糸巻くんは,「自分からいなくなってしまった」ような気がしています。故郷だけでなく,自分も喪失したような——