fumi_saeki’s blog

物語の試作品をあげています。

骨董

 彼は魅せられていた。いや,彼は魅入られていた。

 これだけの,これだけのことに遭いながら,岩のわずかな窪みに根をはるように,土地に翻弄されながら,それでも歯でかみつくように土地に食らいつく。悲しみに悲しみが重ねられ,苦しみに苦しみが重ねられようとも。土地一片ある限りしがみつく。

 土地はそれと知りながら,意味を持つかなど知らず,それでも人を押さえつけ,人を叩きつけ,人を握りつぶす。しぶとくしがみつけばつくほど,これでもかと押さえつけ,叩きつけ,握りつぶす。人ある限り,土地は押さえつけ,叩きつけ,握りつぶす。

 人と土地,土地と人。もはや二つの境目は失くなる。人も土地も何も言わない。ひたすらに,ただひたすらに,それぞれのすることを,すべきことのように繰り返すだけである。いや,繰り返すのではない。すべてが初めてであり,すべてが最初であり,すべてが初源である。

 この境地にあって,人と土地を統べるものは失くなる。統べるものに代わるべく,いや,代わるべくもなく,傍に居る,ただ居るものが,居るべくもなく居る。そして,居ながら,人と土地,土地と人を見ているその顔は,目は,口は,鼻は,四肢は,体は,苦痛に歪み,狂気に震え,形を変える。だが,それだからこそ,人はそれを認め,土地はそれを認める。

 彼はそれに魅せられていた。いや,彼はそれに魅入られていた。それは人と土地の裂け目から生まれ,人と土地の裂け目で育ち,人と土地の裂け目に居る。

 

 なぜ俺は「こんなの」が好きなんだろう?男は「それ」を手に取りながら,ふと頭の中でつぶやいてみる。

 あれ以来,目につく骨董屋に入っても,探すのは「こんなの」ばかり。いわゆる古物が趣味の奴らの目当てとはまったく違う。探している理由も何も分からない。ただ,自分の何かが「こんなの」を必要としている。いや, 響き合っているという方が正しいのか。「こんなの」と俺が。

 そこに立ち寄るつもりはてんでなかった。

 気づいた時には,そのぬかるむ路地裏にいた。通勤の最寄り駅の高架下。まばらなスナックが,くすんだ光を放つ看板をひっそりと掲げる中に,その店はあった。時々,近くの赤提灯で一杯ひっかけるのに,今目の前にするまで,ここに店があることすら知らなかった。

 看板がないので,屋号も分からない。古い木枠の大ぶりのガラス窓から見えるのは,左右に並ぶ陳列棚,その中や上にぎゅうぎゅう詰めで並べられた,大ぶりの物や小ぶりの物。それらを見る視線を集めるように,少し開けた奥の間に,一振りの掛け軸がかかっている。そこに文字はなく,真っ黒に塗りつぶしたエビのような影絵が浮かんでいる。

 並べられた品から判断するに,どうやらもっぱら日本の骨董を扱っているようだ。大ぶりに見えた皿も,せいぜいのところ直径一尺。陶器や磁器よりも,古い民芸品が多いようだ。ふと,いつの間にか横に男が立っている。

 「そうなんですよ。こんなところに,って場所に骨董屋とはあるものなんです。いつの間にか横に並ぶ人間みたいに。そこにあったのか,それともなかったのか,人の記憶を混乱させるのが目的みたいに。——」

 えっと,すみません。こちらのお店の——

 「あ,はい,まあそのようなもんで。……どうです,少しお寄りになります?掘り出し物もあるにはあるんですが,ここに収まった以上は,あとはお客さんに「掘り出し」てもらわないと困るのです。いえ,それも「掘り出し物」の正しい使い方ですね。」

 いえ,私,骨董というのは全然分からないもので。道楽するほど先立つものもありませんし……

 「いえいえ,そんなことは構いやしません。入る,手に取る,愛でる。これが大事なんですよ。それで琴線に触れるものがあるならと,話はそれからです。まずは,入る,手に取る,愛でる。さあさあ,どうぞどうぞ。大したものはありませんが,それも手に取るお人次第。愛でて磨けばツヤも出る。小判が出たなんて噺(はなし)もあるくらいですから。」

 あれ,と思う。磨いて小判が出た噺——どこかで聞いたような。たしか屑屋が仏像を不承不承引き取って,それを武家様の求めに応じて売ったところ——ああ,落語の『井戸の茶碗』か。

 「なにやら面白そうな顔をされていますね。まあ,入ってみてください。高麗の名器などは絶対にないですがね。」——

 やはりあの演目のことを仄めかしているらしい。昨晩たまたま興味があって聴いてみた古典落語。清々しい人物と語り口,ちょいちょい入るお武家様の刀での脅し。あの演目がこの男の口から出て来ようとは。

 「お入りですね。いらっしゃいませ。どうぞ,どうぞ,好きな物を手にとってください。手前にあるのが,帯留めです。こういう手合いは質流れになったりしないもので,大体は価値のわからない跡目が,はした金で売り飛ばしたりしているんです。

 こちらの装飾箱みたいなのが香箱です。今はアロマテラピーなども電化されていますが,昔はこういった箱に入れて香を炊いたんです。中国の磁器だとものによっては高価ですが,これはイギリスのアンティークの流れ物です。あ,オルゴールとは違いますよ。

 こちらが判子ですね。天然石のものです。上にまします小さな獅子が可愛いでしょう。石も種類で値はまちまちですが,ここに置いてあるのは——」

 男は軽妙な口調で手で示しながら説明して回る。こうして近づいてみると,男が言うほど「価値のない」物には見えない。釉を重ねた帯留めは,輝くというよりは,しっとりとした質感を湛えているし,香箱はどう見ても純銀の鈍い光を発している。福禄寿が上に立っている判子など,象牙でできているようにしか見えない。

 「いえいえ,そんなことはありません。もしそのように見えるのでしたら,それはあなたの眼が,あなたの心が「そのように」評価しているのです。骨董と言うと,つい価値が先にありき,と思ってしまうようですが,極論すればすべて「付け値」です。それをどれほど気に入り,どれだけそれに対価を払いたいか,その気持ちひとつが値段を決めるのです。」

 なるほど,そのようなものなのか——と,男の言葉に勧められるように,手近な御堂を模した小箱を手にしてみた。見た目でそれとは分からなかったが,どうやら金属製で,御堂ではなく寺院をかたどっているようだ。

 「お眼が高いですね。それは伽藍を見立てた青銅の小箱です。先ほどの香箱とは違って,中に綿毛を入れたとも,梵字を書いた紙切れを入れたとも言われています。まさに今でいうところの小物入れですね。一見した形にそぐわないような物を入れるのは,古今東西どこでも同じですね。」

 そう説明する男の顔と口調はどこかぼんやりしていた。店に招じ入れたときと,まったく様子が違ったので,すこし驚いた。しかし,それもものの一瞬で,すぐに明るい表情に戻り,口調も軽くなった。と,その小箱が置いてあるのと同じ棚に,それまで見たこともない木彫りの小さな像を見つけた。吸い寄せられるように手に取った。

 それは鬼とも龍とも見えず,もちろん仏像でもない,なんとも言いようのない形状をしていた。——

 「それを手にされますか,なるほど。どうやらそれがあなたのお求めの品のようですね。あなたのお顔からそれと察することができますよ。その品を説明するのは難しいです。地方,とくに田舎の小さな町に蔵されていたような民芸品は,それが何を形どろうとしたのか,よく分からないことが多いのです。道祖神の類かもしれませんし,村の土地神の類かもしれません。」——

 あまりに凝視していたためだろうか,男が肩を軽く叩くのに我に返った。ああ,すみません,何だかこれを見ていると不思議な感じにとらわれてしまって——

 「骨董と出会うとは,自分と出会うことでもあるのです。自分の既知の部分と未知の部分の境目,そこに求めていた物が現れ出るのです。どうぞ,それはお納めください。それは「あなたを待っていた」のですから。」

 私を待っていた——男の言葉は,まるで自分がつぶやいたように聞こえた。骨董との「出会い」。自分の知っている部分と知らない部分の境目——そんな大げさなものなのだろうか。

 もしかして骨董屋の「やり口」がこれなのだろうか。そういえば店に入る前からそうだ。名も知らぬ一店主の話が,あからさまな誘い、それどころか騙そうとしているとも取れなくもないのに,どうして納得してしまうのだろう。口車に乗せると言うが,そういう感じではない。口八丁でもない。何だか分からないうちについ,などと言うのではない。

 しかし,この納得がゆく感じには,心地良さは伴う。だが,ほだされる心地良さとは違う。ジグソーパズルの最後のピースが,ぴたっと収まるような,隙間と同じ形の厚紙の片がそこに合わさるような——

 ——口調が似ている,そういえば,口調だけではない。言葉遣いも似ている。それだけではない,言葉も似ている,いや,同じだ!——

 そうは考えても,男は言われるがままにスーツの内ポケットに,その小さな像を納めようとしていた。そのとき,ふたたび店主と思しき男の声が聞こえた。いつ変わったのだろう,口調がそれまでまったく違っていた。

 「おっと待った。それを納める前に,こちらを一寸見てくれねえか。この影絵さね。はじめて店を覗いたときに,目に止まっていただろう。いやいや,言わなくてもわかるよ。エビの影絵と思ったんだね。そうだね,遠目だとそう見える。でも,よくよくご覧。」

 男に言われるままに,しげしげと影絵を見やった。エビ……にしては,触角がおかしい。小さい方の触角が,長いとはいえ,逆さになった「かまぼこ」のように,規則的に小さな半円を描いて,先から根元にかけてぶら下がっている。尾もエビにしてはあまりにでっぷりしている。

 「その通り。よおく見ると,この影絵は海老のそれとは違うのがわかる。そもそも海老の影絵なんて描くものかねえ。お客さん,海老の日本画は見たことあるかい。これは複製だがね,北斎の「姫小松に海老」って言うんだ。いいかい,構図が似ているようだが,これは水平の線が基調になって,それを目で追うと最後に尾がくるりと巻いている。」

 なるほど,男の言うように胴から尾にかけては丸まっているものの,太い触角が横長のラインを作り出している。それに,細い触角は影絵と比べて,ずっと自然にのびている。

 「そうそう,二つの触角の構図も違うね。まあ,それは置いておくとして,他の絵を見たって,だいたい日本画で描かれる海老は横長か,せいぜい右斜めの構図が多い。だけど,これはどう見ても縦になっている。変だと思わないかい。」

 影絵の理由,変わった構図。だがそれが何を意味して——

 「そうだね。何を意味しているのか。「それ」をお客さんに考えて欲しいんだが,まあ,徒手空拳じゃあ考えようもないから,糸の先っぽをあげておこう。糸の先っぽって言っても,本物の糸じゃないからね。糸口のことだよ。」

 そう男は言うと,奥の間にあがって掛け軸をくるりと回し,表と裏を反転させた。目を疑った。エビの影絵に見えたものが,釣竿を掲げたちょんまげ頭の絵に変わった。エビの脚は海藻のようにも,ユリ科のツヤのある葉のようにも見える。大きな貝と思われた影は,逆さになった唐傘だ。触角に違和感を覚えたのは,釣り糸が竿に絡んでいたからだったのか。

 「お客さん,これはね,国芳の「ゑびにあかがひ」って名前の浮世絵だよ。 影で伊勢海老と赤貝を連想させといて,種明かしをすると草の間に隠れて川釣りをする男が現れる。いや,「おかづり」ってのはご存知のように,女を漁るって意味もあるから,それも込められているのかもね。構図を逆手にとった遊び心といったところかな。」

 なるほど,「遊び心」かこれは面白い。てっきりエビだと思っていた。してやられたりってことか。苦笑しながら男へ目をやると,思いがけず真剣な,にわかにふさぎ込んだ表情がその顔に浮かんでいた。

 「これは糸口なんだよ,お客さん。「これから起きる」ことを考えるためのね。いいかい,そうだと思った影も,光を当てれば別物を照らす。影は自分が思っていたものだとは限らない,それどころか,影は思い込みにすぎないってこともある。このことをよく肝に命じておいてくれよ。」

 男の声が次第に遠ざかっていく。国芳の浮世絵がなんだと言うのだろう。「おかづり」の影絵が「ゑびとあかがひ」だった。それが何を意味するか——「いいかい,そうだと思った影も,光を当てれば……影は思い込みにすぎない」男の声がドップラー効果のように低く響いていった。気圧が急に低くなったように鼓膜が膨らんで耳が痛くなった。

 「……大丈夫ですか。あ,気づかれましたか。頭は大丈夫ですか,どこか痛くないですか。途中で気を失われたみたいになったので,驚きました。」——

 ここは,という問いかけに,男は,突然倒れられたので,とりあえず奥の間に妻と一緒に運んだと告げた。

 「上着はそちらです。勝手にネクタイもゆるめさせていただきました。本当に大丈夫ですか?まだ具合が悪いようでしたら救急車を呼びますが。」——

 いえ,もう大丈夫です。申し訳ありません。ありがとうございます。——俺はどうしたのだろう?あの鬼のような龍のような像を見ていて——ああ,そうだ奥の間のエビの影絵が——

 「え,この影絵ですか。たしか車海老の影絵だったと思いますよ。水墨を実験的に手がけた,沢木覚感(かくかん)という画家の作品です。今どき水墨で,しかも影絵ですからまったく流行らなくて。価値はありません。まあ,空いたスペースを埋めるためですね。」

 車海老?伊勢海老ではなかったのか?額に当ててあった,おそらく冷水をしぼったタオルの下から見てみると,たしかに先ほどと構図も墨の色合いも違う。しかし——

 「掛け軸の裏面ですか?普通の掛け軸と同じように裏打ちをして,その上から布が貼ってありますが——え,裏返して欲しいのですか。良いですけど——はい,この通りです。ですから,言ったように普通の掛け軸です。」

 怪訝な顔つきをして男が言うように,掛け軸の裏には影絵の照らし出された真相はなく,表の生地と同じ生地が一面に貼ってあった。——あれは夢だったのか——

 起き上がって再度礼を言い,上着を手にしたまま店を辞した。まだ頭はぼんやりしていた。

 路地に出て上着を着ようとしたときだ。胸のポケットに,ごつりとした感触を覚えた。裏のポケットを探って出てきたのは,小さな像だった。——それは,鬼とも龍とも見えず,もちろん仏像の類でもなかった。