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fumi_saeki’s blog

物語の試作品をあげています。

異形をたずねて

 すべてが白で覆われていた。道と畑を区別するのは,畑と丘を区別するのは,白の高低差だけだった。一息つきながら,背負った袋から幾重かに折られた紙を取り出す。何度も出しては入れを続けたので,長方形の端と,谷折り,山折りにした部分の繊維が綻んでいる。厚手の手袋をはめたまま,落とさないように赤いマーカーを取り出して,キャップを噛んで外した。

 来た道の先にある鳥居を確かめるように振り返り,広げた紙の上にマーカーで不器用に円をつけた。これで最後の神社も回った。少し紙を離して見ると,赤い円の連なりは,巨大な蛇が這った跡か,巨大な蛇か龍そのもののように,紙面にのそりと横たわっていた。それを認めると,紙面を畳み,右手でウィンドブレーカーのポケットから小さな木彫りの像を取り出した。

 この像を身につけたまま,骨董屋から骨董屋へと渡り歩いたのがずいぶん前のことに思われた。勤めていた商社を早期退職してまですべきことか,と思わない時もなかったが,「あのとき」以来,何よりも優先して「こうすべき」との,深いところから駆り立てられる想いを抑えようがなかった。まるで半分の自分がそれを急かすかのように。そして,それに応えるように,像にまつわる足跡は「向こうから」やってきた。——

 ——「そうした民具が回ってくるのは,そうそう無いのですよ。持ち込まれても,よほどの鑑識眼がないと,値段がつけられませんから。せいぜいが二束三文で引き取るってところです。そうですね,むしろ民芸博物館などに行かれた方が早いのではないですか。蒐集も多いと思いますし。あ,そういえば——」。

 唐突にそう言うと,店主はサンダルをつっかけて店の奥に消えた。戻ってきたときには,色あせた重ね折の紙を手にしていた。

 「すっかり忘れていました。各地の民具をたどるなら,これが役に立つと思いますよ。かなり前に,在野(ざいや)の研究家の遺品を買い取ったんですが,そのなかに民具と所縁(ゆかり)のある神社仏閣を示した古地図があったのです。えっと,開くので少し待ってください。はい,こんな感じです。村落の名称は昭和初期のままですが,東北地方を中心に細かく記されています。震災の影響は分かりませんが,残っているものも多いと思います。」

 古地図は「二束三文」で譲ってもらえた。民俗学は戦後にすっかり廃れてしまいましたし,個人の作成した地図ですから,と店主は受け取った小銭をレジに入れながら話した。手元の『古代日本の土地信仰』の奥付も,そう言われれば,昭和十八年になっていた。民俗学の盛時にも,関心の的は「原日本人」や,現在の領土問題につながる「辺境」であって,地方の信仰と民具の結びつきではなかったというのが,店主のうんちくだった。

 「たしかに,宮本なんとかという民俗学者のように,民具を重視した方もいらしたみたいですが,それも農機具などが対象だったと聞いています。」

 小さな像の図像学的研究がない以上,現地と思しき場所を足で周るしか方法はない。古地図は関東近郊から青森までを範囲としていたが,印のつけられた箇所は,概ね太平洋側から北上して,津軽海峡の手前で折り返し,日本海側をふたたび北関東に戻っていた。近場からしらみつぶしに辿ることにした。夏から秋にかけてはどこか旅気分だった。好意で神社や民家に泊めてもらい,民具と信仰の関わりを尋ね,それをノートに事細かく記した。

 「七月二十三日,火曜日,晴れ。神下(かのり)神社。民具はこの地に特有の唐笠天狗。雪深い土地ゆえに,山伏に唐笠をめぐんだ風習が転じて,天狗の頭にこれを被せる図像となった。神主の話では,唐笠を「かろうかさ」と読み,天狗の飛翔の妨げにならないよう,余人とは別の「軽い笠」を被せたとの意も伝えられている。組み合わせはどこか可愛らしい。」

 岩手に入る頃に山はすっかり紅に染まり,朝夕の寒さが身にこたえ始めた。トレッキング感覚だった山登りも,知らぬ間に膝への負担を蓄積したようで,風に冬の香りを感じたときには,テーピングと杖に頼らないでは進むのが不可能になっていた。そして,予想以上の時間をかけて雪深い山岳地帯を踏破し,ようやく南下の途についた。

 この間に見出した土地神は実にさまざまだった。研究書に記載された天狗や鬼の像から,木霊を思わせる荒削りの木彫り,口から龍を吐き出す秘仏,炎の剣を加えた蛇,土地と結びついた想像力の多様性に驚嘆した。山岳信仰や土地固有の地形をなぞらえたと考えられるものが多かったが,そうした思考と逸脱したものも多かった。

 このように振り返ると,中高年の在野(ざいや)の研究調査をしているようだと自分でも思ってしまうのだが,決して研究のための調査ではなかった。「あの」骨董屋で影の暗示を受けてから,ふとすると自分が半身になってしまった妙な感覚につきまとわれ,その半身の強い促しでここまで来たような錯覚を覚えた。

 ——「これは糸口なんだよ,お客さん。「これから起きる」ことを考えるためのね。いいかい,そうだと思った影も,光を当てれば別物を照らす。影は自分が思っていたものだとは限らない,それどころか,影は思い込みにすぎないってこともある。このことをよく肝に命じておいてくれよ。」——

 この旅と言えぬ旅も,あの言葉,あの影への警告が発端だった。素泊まりしたホテルの一室で,暖房に全身がしもやけになるのを感じながら,防寒具を脱いでそのままベッドに横たわった。自分のすべてが民具を求めているのではない,自分の半身が民具を求め,残りの半身を動かしている。異様な形状の民具に出会えば出会うほど,求める半身の「震え」が伝わる。これは——

 「古い地層は新しい地層の下になるものです。地層そのものは沈みますが,記憶は地層が変わってもその上澄みとして残り続けます。ただし,記憶を伝承でのみ繋いで行くのは困難です。記憶を担保し,補完し,記憶そのものとなる証が必要です。あなたが出会った民具は,すべてそうした地との深い関わりを示すものなのです。」

 昔の百姓姿に脚絆をつけて,腰にはカンテラ,肩にはナップザックをかけている古老の男性が語りかける。あなたは——私の持っている古地図を作られた方ですか。

 「わたしが調査した時分は,国家が総出で戦争へと傾斜した時代でした。地方で起きる災害など,植民地と化した前線での出来事に比べれば,取るに足らない些事と見なされました。いずれ満州をはじめとする開拓地へ移住させる腹積りだったのです。土地を替えるのは,それが本位であれ,不本意であれ,人も土地も痛みを伴います。わたしはその痛みを解き明かそうと,民具とその所以を辿ったのです。」

 それでは——と,向こうへ消えゆく男性を追って手を差しのばしたところで目が覚めた。人と土地の関係が揺れ動く境目,それをあの男は確かめるために東北まで足を伸ばしたのか。仮に自分の半身が,木彫りの像を手掛かりにこの旅を焚きつけているのなら,ふたたび人と地の関係が揺れ動くというのか。起き上がって,あの古老の男が残した古地図を広げた。と,あることに気づいた。

 このまま青森を折り返して日本海側を進めば北関東に戻る。そしてこのまま辿る神社仏閣を赤いマーカーで印をつけていくと——その旅程の軌跡,ときに印の並列にもなっている旅程の軌跡は,まるで大蛇か龍を思わせた。印の少ない北関東を尾にし,印が多くなる東北が胴体となり,それが青森でのたうち北関東を目指す。その顎(あぎと)の先には「奥早村」という地名が記されていた。あの天災の耐えない村か——

 木彫りの像,土地との記憶,男の言葉,人と土地の揺らぎ,天災の地。そのとき,すべての点がつながった。どうやら自分の半身が求めているのは,古老の男が「行った(おこなった)」確認を,奥早村で行うことなのだ。あれほど天災が集中して起こる機制は,人と地との間に何かが生じているから,ということなのだろう。ただ,ここでそのように想定してみても,実相は雲をつかむのに似て,洋として知れない。向かうのか——

 ——見慣れるほど見てきた木彫りの像を,ウィンドブレーカーのポケットに戻した。春の訪れを待って,奥早へ向かおう。考えるまでもなく,膝も腰も休養を欲していた。一年に満たないはずが,もうずっと山地を経巡ってきた感覚が,体の隅々を満たしていた。と同時に,商社に勤めていたときには決してなかった満足感も体の隅々を満たしていた。不思議なものだ。

 「奥早ですか,バスを乗り継いで,そうですね,二時間ほどですね。まず奥井(おくのい)村まで行ってください。そこから奥早行きのバスが出ています。ええ,奥深い村ですが,雪害は無いのですよ。もう雪解けは終わっていると思います。」

 携帯電話のアプリで一番近いと思われる町を探した。その町「小刃市(こばし)」の,観光案内所のインフォメーションカウンターの女性が,時刻表を示しながら教えてくれた。奥井から奥早までは,ちょうど一時間だった。さすがに山間地らしく,携帯の電波状況が悪くなってきた。何気なしに,フォトをクリックして別れた妻と娘の写真を見ていた。商社を辞めたと聞いたら,驚くだろうな。働きづめだった自分が,調査じみた旅とは。

 バス停はてっきり村の入り口にあると思っていたので,旧国道らしき道路の途中で下車したときには意外な感じがした。車窓からそれらしき集落は見当たらなかったことからすると,このまま道なりに行けば良いのかな。少し行くと,向こうから古い網細工の大ぶりな籠を背負った女性が歩いてきた。腰を屈めて白頭巾を被っている。すれ違う前に,奥早村はこちらでと聞こうしたが——

 「ようこそお出でくださいました。すでに準備はできております。あそこに右手に折れる道があります。鳥居のところで少し待っていてください。」

 そう老婆は告げると,こちらの怪訝な顔つきも,問いかけをしようとする仕草も無視して,さっさと歩いて行ってしまった。まるで自分が来るのを待っていたような口ぶり……聞き間違いでないとしたら……どういうことだろう。

 さらに少し行くと,たしかに言われた通り,鳥居らしきものがあった。新しい木を削り出したのだろうか。檜を思わせる白木で組まれている。形は鳥居というより,その原型のようだが……と,体のなかの何かが蠢くのを感じた——踵に違和感が,何かがおかしい……振り返って足元を見ると,影が,影が,自分の影が何かにつかまれたように踵から引き延ばされていく——その先にあの鳥居があった——ゆらゆらと,その白木に蔓を巻きつけるように,影が這い上っていく——

 「ここに至りて,人と地,端境(はざかい)を成す。人は地を,地は人を忘れ,異形有し処(ありしところ)を失う。門は門につながらず,人,地,いずれもここより出る能わず。これ並び立つ世界の変じによるなり。変じ終わりしとき,ふたたび門つながりて,人と地の端境破れ,異形有し処に戻りぬ。」

 そ,その声は誰だ。影はどうなるのだ。——折口は叫ぼうとしたが,意識が薄れていくのには抵抗できなかった。